ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

坂本泰一これらの中から,標的タンパク質に親和性のあるRNAを選別する.選別プロセスにはさまざまな方法があるが,一般的には標的タンパク質を固定化した担体にRNAプールを加え,結合したRNAを回収する.得られたRNAを逆転写酵素によってDNAに戻し,PCR法によって増幅する.この増幅されたDNAを用いて,次の選別に用いるRNAプールの転写反応を行う.通常は,このような選別を数回~十数回繰り返し行うことで,特定のタンパク質に高い特異性と親和性をもつアプタマーが得られる.このようにして得られるアプタマーの中には,解離定数が10-9 M以下の非常に強い結合能をもつものが多くあり,医薬品としての高いポテンシャルをもっている.1.2核酸の構造解析とアプタマーの構造解析分子生物学のセントラルドグマによれば,DNAに遺伝情報が書き込まれており,RNAはその遺伝情報からタンパク質を合成する際の中間物質であるが,1970年代後半に真核生物におけるスプライシングが発見されて,ただの中間物質であるというmRNAのイメージが変わった.さらに,自己触媒的に切断反応および連結反応を行うRNAモチーフが複数発見され,触媒活性をもつこれらのRNAはリボザイム(RNA酵素)と総称されるようになった.X線結晶構造解析によってリボソームの立体構造が明らかとなると,タンパク質合成を中心的に担っているのはタンパク質ではなく,RNAであることが明らかになり,リボソームもリボザイムであることが示された.一方,ヒトゲノムが解読されると,ゲノムの約98%がタンパク質をコードしていないことも明らかとなった.現在,タンパク質をコードしていない領域からnoncodingRNAと呼ばれる機能性RNAが多く見つかり,盛んに研究が進められている.このようにRNAのさまざまな機能が明らかになるとともに,RNAの多様な立体構造が明らかになってきている.しかしながら,1953年にワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造モデルを発表してから半世紀以上が経ち,現在,さまざまな核酸の立体構造が明らかとなっているが,その数はタンパク質に比べると少ない.国際的な立体構造データベースであるProtein Data Bank(PDB)の登録数をみると,タンパク質のみの構造については128,045個であるのに対し,核酸のみの構造は3,101個,核酸とタンパク質の複合体の構造は6,362個である(2018年2月).さらにアプタマーの立体構造が決定された例は少ない.NMRにより,約30個のアプタマー単体の立体構造あるいはアプタマーと低分子化合物やペプチドとの複合体の立体構造が明らかとなっている.4)また,タンパク質とアプタマーの複合体の立体構造はX線結晶構造解析によって明らかになっているが,こちらも約20個と少ない.5)これは,核酸の結晶化が難しかったり,核酸の構造が柔軟であるため,立体構造解析がタinternal loop図3stemloopンパク質に比べて難しいことが原因であると思われる.核酸の構造について簡単に説明する.大別すると,一本鎖の部分と二本鎖の部分であり,図3を核酸の二次構造という.二本鎖の部分はステムと呼ばれ,一本鎖の部分はループと呼ばれる.また,片方の鎖がループを形成しているものをバルジと呼ぶ.核酸は,このような一本鎖の部分が三次元的に相互作用することによって,さまざまな立体構造を形成している.天然のDNAは基本的に二重らせん構造であるが,DNAアプタマーのように人工的に作られたDNAとRNAは二次構造を形成し,複雑な立体構造を形成する.2.アプタマーの構造解析の例multi-branchedloopbulge核酸の二次構造.(Secondary structure of nucleicacid.)太線はヌクレオチド骨格のつながりを表し,細線は塩基を表し,点線は塩基対を表す.2.1翻訳開始因子eIF4Aアプタマーの構造解析東京大学・医科学研究所の小黒博士らによって,翻訳開始因子eIF4Aに結合するアプタマー(Kd=約27 nM)が作製された.6)さまざまながん細胞において,翻訳開始因子の異常が報告されており,黒色腫においてeIF4Aの過剰発現が報告されているため,アプタマーはその検出系に応用できると考えられる.筆者は,eIF4Aと58残基のアプタマーの複合体の立体構造決定のために結晶化を試みたが,結晶を得ることができなかった.そこで,NMRを用いて,アプタマーの部分構造を明らかにした.7)その結果,アプタマーのヘアピンループがAUAループ構造やU-ターン構造を形成していることが明らかとなった.さらに,アプタマーの変異体の結合活性の解析およびNMRによる相互作用の解析からアプタマーとeIF4Aの相互作用部位を推定し,相互作用モデルを作製した(図4).eIF4Aは2つのドメインから構成されるタンパク質であり,アプタマーも2つのドメインから構成されている.アプタマーは,eIF4Aの2つのドメインをまたがる広い範囲を認識して結合すると考えられた.抗体では,可変領域の限られた領域で標的分子に結合することが明らかとなっている.したがって,アプタマーのこのような広い範囲の相互作用は,抗体分子のものとは130日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)