ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

近藤次郎また,同じく共同研究者の田中好幸教授(徳島文理大学)の研究グループでは,水銀イオンを選択的に除去するビーズを開発した(図4b).19)基本的なアイデアは水銀イオンセンサーと同じであるが,多種多様な金属イオンが含まれている溶液から水銀イオンだけを効率よく除去することに成功している.そして,2000年代から世界中で活発に行われてきたのが,DNAでできた分子電線,つまりナノワイヤーの開発研究である.T-Hg(II)-T塩基対を含むDNAの二重らせん構造(図2a)を見れば気づくように,もしDNA中のすべてのワトソン・クリック型塩基対を重金属仲介塩基対に置き換えることができれば,DNAのらせん軸上に重金属イオンを一次元に縦列させることができ,原子1個分の細さの金属線をDNAでできた絶縁体でコーティングしたナノワイヤーができあがるはずである.このナノワイヤーの合成に世界中の研究者が挑戦してきたが,10塩基対程度の金属仲介塩基対を並べた短鎖のDNA二重らせんの合成例が報告されたものの,20),21)長鎖のナノワイヤーの合成にはどのグループも成功しなかった.しかし今回,われわれの研究グループは「結晶化」というX線構造生物学の研究者にとっては最も基礎的な実験手法で,世界一細いナノワイヤーの合成に成功した(図5).22)図4DNAでできた水銀イオンセンサー(a)と水銀イオン除去ビーズ(b).(Mercury ion sensor(a)andtrapping beads(b)composed of DNA.)3.DNA-銀ハイブリッドナノワイヤー3.1ナノワイヤーの作り方ナノワイヤーの作り方はとても簡単なので,興味があればぜひ試してほしい.まず,d(GGACTCGACTCC)という塩基配列をもつ12塩基長のDNAオリゴマーを受託合成する(少なくともHPLC精製グレードである必要があるが,当研究室では20%変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動と逆相カラムクロマトグラフィーで精製している).このDNAを硝酸銀と混合し,20℃の温度条件でMOPS緩衝液(pH 7.0),硝酸カリウム,スペルミン,2-メチル-2, 4-ペンタンジオールを含む結晶化溶液を用いてハンギングドロップまたはシッティングドロップ蒸気拡散法で結晶化を行う.濃度などの詳細は文献22)を参考にしていただきたいが,約4日も待てば実体顕微鏡で観察できるサイズのナノワイヤーの単結晶が得られる.なお,われわれはナノワイヤーの構造解析では6番目のCの5位に臭素を付加した配列d(GGACT Br CGACTCC)を用いてSAD法で位相決定を行ったが,臭素原子の有無によって結晶化条件は大きく変化しないことを確認している.X線回折実験はPhoton FactoryのBL-17Aで行い,indexing,位相決定と原子パラメーターの精密化はそれぞれプログラムXDS,Phenixを用いて行った.3.2ナノワイヤーの形成過程とその全体構造ところで,d(GGACTCGACTCC)という塩基配列には何か秘密があるのだろうか.実はこの配列は,先述のC-Ag(I)-C塩基対の構造解析に用いたRNA(図3)をただ単にDNAに置き換えたものである.つまり,最初はC-Ag(I)-C塩基対を2つ含むDNA二重らせんの構造解析を目的として合成したものだった.ところが予想に反してそのような構造にはならず,DNA-銀ハイブリッドナノワイヤーが形成された.まず,2つのDNA鎖が逆平行に配向するまでは予想どおりであったが,配列中の2つのAが外側に飛び出し,それ以外のすべての塩基が銀仲介塩基対(C-Ag(I)-C,G-Ag(I)-G,G-Ag(I)-C,T-Ag(I)-T)を組んでDNA-銀ハイブリッド二重らせんという構造ユニットを形成した(図6,7).なお,この二重らせんユニットは,B型と呼ばれる一般的な右巻きのDNA二重らせんとよく似てい図5 DNA-銀ハイブリッドナノワイヤーの立体構造.(Structure of the silver-DNA hybrid nanowire.)124日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)