ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

近藤次郎DNAにこのような変異が起きたとしても,生き物がもつ優れた遺伝子修復機構によって直ちに修正されるだろう.しかしこのような生命科学的には無意味な塩基配列がとる立体構造が,ナノテクノロジーや超分子化学の視点から見ると俄然重要な意味をもち始めるのである.2.DNAと重金属をハイブリッドさせる図1塩基ミスマッチを含むDNA配列.(DNA sequencescontaining base mismatches.)て複雑で多様である.例えば図1にある2つの塩基配列を見て,どのような立体構造をとりうるのかを考えてみてほしい.2つの塩基配列ともに,両末端は相補的な塩基対(ワトソン・クリック型塩基対と呼ばれる)を組むようになっているが,中央部分はTTやGAのようなミスマッチになっている.このような配列でも,DNAは一般的な二重らせん構造をとるのだろうか?答えは否である(正解は最終ページの図12を参照).中央にTTミスマッチを2連続でもった配列は,両末端のCGCGの部分ではZ型と呼ばれる左巻き二重らせん構造をとり,中央では1つのTが外側に突出し,残り2つのTが対鎖のAとTTAトリプレットを形成して右巻きになる.その結果,分子全体としてはらせんを巻かない特徴的な構造をとる(図12a).7)中央にGAミスマッチを4連続でもった配列は,両末端ではB型と呼ばれる通常の右巻き二重らせんをとるが,3番目と6番目のGAミスマッチでSheared型と呼ばれる特殊な塩基対を形成して,2本のDNA鎖の間隔を急激に狭める.その結果,4番目と5番目のGAミスマッチは塩基対を形成できなくなり,A-G-G-Aの順に塩基部分が積み重なって外側に露出してしまう.さらに面白いことに,コバルトヘキサミン存在下ではこの二本鎖が3つ,カリウムイオン存在下では4つが集合して,それぞれ六重らせん,八重らせんという複雑な立体構造を形成する(図12b).8),9)実はこれとよく似たDNA配列はヒトゲノムのVariable Number of Tandem Repeat(VNTR)と呼ばれる領域に繰り返し配列として存在しており,これを含む1本のDNA鎖が折り畳まれて形成されうるDNA八重らせんの生物学的意義については以前に日本結晶学会誌で解説させていただいたのでぜひご一読いただきたい.10)もちろん,ここで示したようなミスマッチを含む二本鎖DNAは生体内にはほとんど存在しないし,たとえ2.1重金属仲介塩基対とは?DNAは骨格としてリン酸基をもっているので,分子全体が負電荷を帯びている.したがって,正電荷をもつ金属イオンとDNAはそもそも親和性が高く,例えば生体内に150 mM程度の高濃度で存在するK+や,低濃度ではありながらも特に機能性RNAのはたらきに不可欠なMg 2+は,主に水和金属イオンの形で強くDNAに結合することが知られている.11),12)それでは,重金属のイオンはDNAに結合するのだろうか?Mn 2+やCo 2+のような一部の重金属イオンは,Mg 2+のような軽金属イオンと同様にDNAやRNAに結合することが知られているが,12),13)それ以外の重金属イオンのDNAへの結合についての報告例はそれほど多くない(なお,金属および金属錯体の核酸塩基への結合については文献14)を参照).そのような中で,2000年代になって共同研究者の小野晶教授(神奈川大学)の研究グループは,TTミスマッチを含むDNAにはHg(II)が,CCミスマッチを含むDNAにはAg(I)が,それぞれ選択的に結合することを分光学的研究によって明らかにした.15),16)そこでわれわれは,これらの重金属イオンがどのようにDNA中の塩基ミスマッチに結合するのかをX線結晶解析で詳しく観察した.まずTTミスマッチへのHg(II)の結合様式を観察するために,中央にTTミスマッチを入れたDNAをHg(II)存在下で結晶化させた.実はこのDNA配列は,先述した非らせん構造をとるDNAと同じものであるが(図1a,図12a),Hg(II)存在下ではHg(II)がTTミスマッチの間に入り込んでT-Hg(II)-Tという重金属仲介塩基対を形成し,その結果としてDNAが通常の二重らせん構造をとることがわかった(図2a).7)また,Hg(II)はTのN3原子と2.0 Aの距離にあるため,TのN3の位置で脱プロトン化が起こり,Hg(II)が直接N3と共有結合していることがわかった(図2b).また,Hg(II)同士は3.3 Aと非常に近い距離にあることもわかった(図2c).次にCCミスマッチへのAg(I)の結合様式を観察するために,2カ所にCCミスマッチを入れたRNAをAg(I)存在下で結晶化させた.構造解析の結果,Ag(I)はCCミスマッチの間に入り込んでC-Ag(I)-C塩基対を形成することが明らかになった(図3a,b).17)CのN3原子は非共有電子対をもっているため,Ag(I)はここに配位結合している(図3b).また,塩基対のプロペラ角(対を形成する2つの塩基面間のプロペラ状のねじれ角)がワト122日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)