ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

日本結晶学会誌60,121-128(2018)ミニ特集核酸構造研究の新展開DNA構造バイオナノテクノロジー上智大学理工学部物質生命理工学科近藤次郎Jiro KONDO: DNA Structural Bio-NanotechnologyDNA is very attractive as bio-nanomaterials, since it is chemically stable, biocompatible, lesstoxic,environmentallyfriendlyandeasytosynthesize.Inaddition,thediscoveryofmetal-mediatedbase pairs, such as T-Hg(II)-T and C-Ag(I)-C, has inspired scientists to develop several nanodevicesincluding heavy metal sensor and trapping beads. Recently, we have successfully developed asilver-DNA hybrid nanowire composed only of silver-mediated base pairs, in which Ag(I)makeuninterrupted one-dimensional array along the DNA helical axis. In addition, its structure was solvedby high-resolution X-ray crystallography. In this article, I present a variety of complicated andbeautiful DNA structures and discuss the future outlook of“DNA structural bio-nanotechnology”.1.DNAで「ものづくり」1.1ナノマテリアルとしてのDNADNAと言われてまず連想するのは“遺伝子”というキーワードではないだろうか.この最も重要で有名な生体高分子の遺伝子としてのはたらきの解明は今日においても生命科学の重要な課題であり,さらに最近ではゲノム編集や核酸医薬などの遺伝子を標的とした医療への応用も広がってきている.しかし,ここではあえてDNAの遺伝子としての役割については触れずに,デオキシリボ核酸という1つの化学物質の優れた特性を挙げてみたい.まず,DNAは化学的にきわめて安定な物質である.生命の遺伝情報の保存に使われているので当然ではあるが,例えば熱いお風呂に入った程度で壊れることはないし,シベリアの永久凍土から見つかった数万年前のマンモスの遺体からDNAを取り出して解析に成功したというニュースもあったが,実際にDNAの半減期は521年ときわめて長いことが報告されている.1)また,DNAはタンパク質と違って熱変性しても容易に復元できる.DNAは生体適合性が高く毒性が低い.われわれが毎日食べている肉や魚,米や野菜はすべて生き物であり,そこにはDNAが必ず含まれている.つまりわれわれは毎日,DNAの高い生体適合性と低い毒性を自らの体を使って証明していることになる.さらにDNAは環境負荷が低い分子でもある.例えば落ち葉は土壌中の微生物に分解されてやがて土へと還るが,この落ち葉にも当然DNAが含まれており,生き物が生まれては死んでいくこの自然界において,DNAは絶え間なく環境に放出されているのである.そのうえDNAは誰でも簡単に作ることができる.DNA日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)は化学合成法が確立されているので,120塩基程度の長さのDNAであれば核酸自動合成機で簡単に,しかも安価に合成することができる.このようなDNAの優れた特性と,直径2ナノメートルのDNA二重らせんの美しく精巧な立体構造から,この分子をナノテクノロジーに応用したいと考える研究者が現れるのは当然である.1980年代初頭にはネイドリアン・シーマンによって「DNAナノテクノロジー」という概念が生み出され,塩基配列を巧妙にプログラミングすることでDNAオリガミ・DNAタイル・DNAレンガなどのナノ構造体が次々と造形されている.2)-4)また,DNAだけでなく,多様な構造モチーフが報告されているもう1つの核酸分子であるRNAも加えて,これらをビルディングブロックとして新たな機能性分子を創製する「DNA・RNAアーキテクトニクス」という学術分野も生まれている.5)1.2 DNAの立体構造は単純なのか?DNAはナノマテリアルとして非常に興味深い分子であることはおわかりいただけたと思うが,その立体構造はというと「単純」というイメージをおもちなのではないだろうか.1953年にジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによって提案されたDNAの二重らせん構6造)はあまりにも有名なので,研究者でなくとも,もっと言えば科学への興味が芽生える前の子供であっても,「DNA=二重らせん」という刷り込みをいつの間にか本やテレビから受けているのではないだろうか.確かに,遺伝子としてのDNAを考えれば,ほとんどは逆平行・右巻きの二重らせん構造をとっていることはもはや疑う余地がない.しかし生体内でさえ,遺伝情報が発現する際には二重らせんが解かれ,一時的に複雑な立体構造をとりうるし,DNAを生命と切り離して単に化学物質として扱うのならば,DNAのとりうる立体構造はきわめ121