ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

日本結晶学会誌60,113-120(2018)総合報告粉末回折法を用いた新しい定量分析法の開発とパターソン関数㈱リガク虎谷秀穂Hideo TORAYA: The Patterson Function and the Development of a New Method forQuantitative Phase Analysis of Individual Crystalline Phases Using X-ray PowderDiffractionTechniqueA new method, called the direct derivation(DD)method, for quantitative phase analysis(QPA)can derive weight fractions of individual crystalline phases from sets of observed intensities andchemical composition data. The Patterson function plays an important role in replacing the sum ofsquared structure factors, calculated in the Rietveld method, with the sum of squared numbers ofelectrons belonging to the atoms in the chemical formula unit. Therefore, the DD method can conductQPA of Rietveld equivalent without referencing to structure parameters. It can be applied to QPA ofmixtures containing known structure, unknown structure, and high and low crystalline materials.1.はじめに1パターソン関数)と聞けば電子密度関数のコンボルーション,原子間ベクトル,重原子法が思い浮かぶと思われる.単結晶X線構造解析をよくご存知の読者は,パターソン関数が,粉末回折法を用いた多成分系試料中の各結晶相の相対重量比を求める定量分析と,なんで関係があるのかと疑問に思われるのではないだろうか.低分子の結晶構造決定は直接法とチャージフリッピングが主流で,最近ではタンパク質でもパターソン関数が構造決定に使用されることはほとんどない.本稿は,このパターソン関数が新しい定量分析法の開発に重要な役割を演じているという話である.もちろん,定量分析のためにパターソン関数を計算するわけではない.2多くの読者はリートベルト法)の原理を理解されていると思うが,ご存知のように,この方法では結晶構造モデルに基づいて各回折線の積分強度を計算し,プロファイルモデルに基づいて回折線の形状を表す.最小二乗法を用いて両モデルから計算した粉末回折パターンを観測パターンにフィッティングし,プロファイルパラメータとともに構造パラメータを精密化する.試料が多成分系の場合,存在する複数の結晶相に対応する回折パターンを重ね合わせ,各相のプロファイル強度に乗じたスケール因子の精密化によってフィッティングを行う.該当する成分の含有量が相対的に増えれば,それに合わせてスケール因子も増大する.リートベルト法による定量分析(以下,リートベルト定量)3)-5)はこの原理を利用したもので,研究開発および原材料の品質管理の現場で広く使用されている.リートベルト定量の場合,構造因子を計算して積分強日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)度を求めているので,計算強度を基準にして各結晶相のスケール因子の増減を比較できる.さらに各結晶相の回折線の強度が結晶構造パラメータによって拘束されているので,複数の対称性の低い結晶相が重なって複雑な回折パターンを形成するセメントなどの定量分析に威力を発揮する.これらの利点がある一方,構造解析がなされていないなどの理由で,結晶構造パラメータが手元にない場合にはこの方法を適用できない.この弱点を補う方法として,結晶構造パラメータがない一部の成分に対して,観測強度で計算強度を代用するPONKCS6(Partially Or Not Known Crystal Structure)法)が知られている.ただし,この方法では観測強度と計算強度を共通の尺度で扱えるようにするために,構造パラメータが得られない結晶相の単一成分試料を結晶構造既知の標準物質と混合し,両者の強度比を実験的に求める作業が事前に必要となる.7)-10本稿で紹介する新しい定量分析法)では,リートベルト定量において結晶構造パラメータから計算される量を化学組成から求められる量に置き換えることができる.すなわち,観測粉末回折強度から各結晶相の重量分率を算出するのに構造因子を計算する必要はなく,各結晶相の化学式がわかればリートベルト定量に匹敵する定量分析を実施できる.ここで結晶学的情報を化学的情報に置き換えるのにパターソン関数が重要な役割を演じることになる.2.理論結晶構造パラメータが不要で化学組成のみから定量できると言うと,大雑把な経験則に基づいた方法という印象を与えるかもしれない.しかし,この定量分析法は113