ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

日本結晶学会誌60,104-112(2018)総合報告(学会賞受賞論文)微小結晶を用いたタンパク質X線結晶構造解析におけるデータ処理システムの開発国立研究開発法人理化学研究所放射光科学研究センター山下恵太郎Keitaro YAMASHITA: Development of X-ray Data Processing System for ProteinMicrocrystalsThe bottleneck in protein structure determination by X-ray crystallography is to obtain proteincrystals with suitable size and sufficient diffracting power, and sometimes only microcrystals can beobtained. For such microcrystals, the use of X-ray microbeams is essential to collect diffraction dataat high S/N ratio. However, radiation damage hampers complete and high-resolution data collectionfrom a single microcrystal, and therefore multiple crystals are required. At microbeam beamlineBL32XU, SPring-8, the workflow for protein microcrystals is established and automated. One of thekey programs is SHIKA, which suggests microcrystal positions by finding diffraction spots from lowdoseraster scan. Automatically collected datasets are processed and merged by KAMO, a new opensourcedata processing pipeline for automating the whole data processing tasks in the case of multipledatasets. These developments greatly facilitated the structure analyses from microcrystals.1.はじめにX線結晶構造解析は,タンパク質や核酸など生体高分子の立体構造を決定できる強力な手法である.対象分子の結晶を得ることができれば,通常2~3 A程度の分解能で回折強度データが得られ,分子モデルを構築できる.試料調製技術の進歩に加え,第3世代放射光施設などによる光源の高輝度化と検出器の進歩により,これまで構造決定困難であったような試料も含めより多くの構造がより迅速に決定可能になってきた.しかしながら現在においても,十分な回折能とサイズを備えた結晶を得ることができずに構造決定に至らないケースが多く存在する.膜タンパク質や不安定な複合体などはこの典型例として挙げることができる.微小結晶は体積が小さいため回折強度が弱く,さらに試料周囲の物質による散乱バックグラウンドも相対的に高くなるため,従来の大きなビームサイズでは微小結晶の回折強度を高いS/N比で測定することができなかった.最近,光源技術の進歩によってX線マイクロビームが利用可能となり,マイクロメートルサイズの微小結晶からでも回折データ収集が行えるようになった.2010年に供用開始したSPring-8BL32XUは1×1から10×10μm 2程度のビームサイズにおいて通常~5×10 10(最大~2×10 12)photons/s/μm 2の微小かつ高フラックスなX線ビームを利用でき,微小結晶を用いたデータ収集に最適化されたビームラインといえる.微小結晶は,従来必要だったサイズ(~50μm以上)の結晶よりも簡単に得られる場合が多い.特に,膜タンパク質の結晶化に非常によく利用される脂質メソフェーズ法(lipidic mesophase method)では,小さいが回折能の高い結晶が得られることが多い.1)しかしながら,微小結晶の場合は結晶体積が小さいため,高分解能の回折強度を得ようと高強度(高光子密度)のX線を用いると簡単に吸収線量の限界(~10 MGy)を超えてしまう.このため,結晶のポテンシャルを出しきった高分解能かつ完全な回折強度セットを得るには複数の結晶を用いることが必須となる.近年利用可能になったX線自由電子レーザー(X-ray free-electron laser;XFEL)は大強度のフェムト秒パルスX線であり,これを用いると放射線損傷の発生よりも前に回折データを収集できる(diffraction before destruction).シリアルフェムト秒結晶学(Serial femtosecond crystallography;SFX)は,XFELを用いて異なる結晶から次々と回折データを収集する手法であり,微小結晶から高分解能の回折データを収集する手法として注目されている.2)その一方,フェムト秒パルスによって結晶は即座に損壊するため1つの結晶からは静止写真しか得られず,正確な積分反射強度を得るためには多くの場合数千枚以上の回折パターンを測定する必要がある.XFELの性質を活用することで無損傷状態の構造決定や時分割構造解析などが行われているが,XFELのビームタイムは非常に限られているので,静的な結晶構造を得るだけの目的には少々コストの高い方法となっている.従来の放射光源では放射線損傷を完全に回避することはできないが,その一方,回転法によって少数の結晶からでも高精度な回折強度を得ることが104日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)