ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

原田潤図7柔粘性/強誘電性結晶となる過レニウム酸キヌクリジニウム.(Plastic/ferroelectric crystal quinuclidiniumperrhenate.)図8強誘電性結晶の分極方Directions向.(of polarizationin ferroelectric crystals.)(a)三方晶系の分極方向の1つ.(b)-(d)常誘電相が立方晶系の場合に可能な分極方向.(b)強誘電相は三方晶系.(c)強誘電相が正方晶系.(d)強誘電相が直方晶系.示す相転移と対応させることで,柔粘性結晶が強誘電体探索の有力な候補であることを示した.そして,柔粘性結晶が一般に立方晶系の結晶構造をとるという特徴が,強誘電体の多軸性につながることを明らかにした.具体的には,過レニウム酸キヌクリジニウム(図7)が368 K以上で加圧による伸展性を示す柔粘性結晶相となり,367 K以下では強誘電相となることを見出した.キヌクリジニウムイオンは球形に近い分子構造をもつ極性の分子であり,過レニウム酸イオンは正四面体型構造をもつ無極性のアニオン分子である.どちらの分子性イオンも柔粘性結晶の構成分子としてよく見られる分子骨格をもつが,その組み合わせからなるイオン性結晶も,高温相は両分子とも配向_が完全に乱れた柔粘性結晶相で,立方晶系(空間群:Pm3m)の塩化セシウム型構造をとっていた.367 K以下では三方晶系(菱面体格子,空間群:R3m)の極性構造となり,結晶の3回軸方向に自発分極が発生し,極性をもつキヌクリジニウムイオンの電場印加による配向変化で分極反転する強誘電性を示す.そして,この結晶はチタバリ類のように多軸性の強誘電体であり,電場印加により分極方向を三次的に変更できることがわかった.この柔粘性/強誘電性結晶が示す多軸性は,常誘電相である柔粘性結晶が立方晶系の構造をもつことから理解できる.強誘電相である三方晶系の結晶では,結晶格子(疑似的な立方体)の一本の体対角線が特別な軸(3回軸)であり,強誘電性の自発分極はその軸に平行で,180度異なる2方向のどちらか一方を向く(図8).そして,印加された電場の向きに応じて,結晶構造が反転し,分極方向も反転する.強誘電体の分極の向きを電場印加により変えるためには,それに伴う結晶構造変化(構造の極性反転)が可能でなければならない.つまり,強誘電体は分極した構造をとっているが,その分極が消失するような疑似的な対称性が結晶構造に存在し,そこから少しずれた構造となっている.そして,電場印加により,ずれの方向が反転し,分極も反転する.そして,常誘電相ではその対称性が真の対称性となり,構造のずれはなく,自発分極もない.通常の分子性結晶は一軸性であり,このような180度反転以外に分極方向を変えることはできない.その理由は,高温の常誘電相において,強誘電相の極性軸に対応する軸が1つしかないからである.例えば,_強誘電相の空間群がR3mで,常誘電相の空間群がR3mならば一軸性の強誘電体となる.これに対して,高温相が立方晶系の構造をとるチタバリ類や柔粘性結晶では多軸性強誘電体となる.例えば図8において,立方晶系の構造では4つのすべての体対角線は等価な3回軸である.したがって,その構造から少しずれて対称性が下がった三方晶系の構造でもこれら4つの軸は疑似的には等価であり,1つの分極方向とほぼ等価な8つの方向が存在する.そのため,印加された電場に応じて結晶構造が変化することで,結晶の分極方向は4つの体対角線のどれか1つに平行な合計8つの方向をとり得る.常誘電相が立方晶系であれば,強誘電相が三方晶系でなくても多軸性を示し,例えば正方晶系なら6通り,直方晶系なら12通りの方向に分極方向を変えることができる.この多軸性はチタバリ類の無機酸化物強誘電体では当たり前の性質であり,セラミクスとして利用できる要因である.しかし,通常の分子性結晶は立方晶系とならないので,分子性強誘電体の粉末試料を固めたディスクでは強誘電体としてほとんど機能しないことが多い.これに対して筆者らが開発した柔粘性/強誘電性結晶では,粉末試料からなるディスクに電場印加すると,試料全体102日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)