ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

X線結晶解析による分子ダイナミクスの解明と機能性結晶の開発はプロトン移動後に何らかの構造変化が起こり,トランス-ケト体になると推測していたが,この構造変化はペダル運動によって起こることが明らかとなった.4.柔粘性/強誘電性結晶の開発4.1強誘電性結晶筆者らは最近,結晶中での分子運動を結晶の誘電性と結びつけ,分子性強誘電結晶の開発を行っている.誘電性とは物質に電場を印加することで電気的な分極が発生する性質であり,電気が流れない物質は誘電性を示す.分子性結晶においても,極性をもつ分子が複数の配向間を行ったり来たりしている時,結晶に電場印加すると,分子配向の分布にわずかな変化が生じ,誘電分極が発生する(配向分極).したがって,極性分子が回転運動できるような結晶を設計すれば,結晶の誘電性を発現させることができる.18)通常の誘電体は外部電場に比例した分極を示し,外部電場を切ると分極がなくなる常誘電体であり,金属以外のほとんどの物質は常誘電体である.これに対して,外部電場がなくても結晶中の電気双極子が整列して分極が保持され(自発分極),ある閾値(抗電場)以上の外部電場を印加することで分極の向きを反転できる物質を強誘電体と呼ぶ.この強誘電体の示すスイッチ可能な自発分極は,不揮発メモリに応用可能であり,また,強誘電体が示す大きな誘電率,焦電性(温度変化による分極量変化),圧電性(応力印加による分極量変化)を活かしたさまざまな産業利用がある.これまで研究開発されている強誘電体の多くは,チタバリと呼ばれるチタン酸バリウム,チタン酸ジルコン酸鉛などの無機酸化物であり,産業界において欠かせない材料となっている.しかし,高性能な材料の多くは有害な鉛や希少元素を含むため,その代替物質の開発が強く望まれている.分子性強誘電結晶は,鉛を含まず,原料が豊富で枯渇する心配はない.それに加えて,溶液プロセスでの加工が可能であり,フレキシブルな電子デバイス素子としての活用も期待できるため,近年おおいに注目されている.結晶が強誘電性を示すかどうかは,結晶構造,特にその対称性と相転移による変化で決まる.強誘電性結晶は,通常,相転移を示し,相によりその性質は大きく変化する.一般には,極性構造をもつ低温相が強誘電性を示し,高温相では結晶構造の対称性が高くなり,極性のない常誘電体となる.分子性結晶の結晶構造とその相転移による変化を予測・制御することはほぼ不可能であり,新規に分子性強誘電結晶を開発することは容易ではない.しかし,近年,新しい分子性強誘電体が次々と報告され,自発分極の大きさ,広い動作温度範囲など,個々の指標としては無機酸化物強誘電体に迫る性能を示す分子性結晶も現れている.日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)しかし,分子性結晶は一般に結晶構造の対称性が低く,多結晶体としての活用が難しいという欠点をもっている.ほとんどすべての分子性強誘電体は,電場印加により分極方向を180°反転することはできるものの,それ以外の方向には向けられない一軸性の強誘電体である.したがって,材料として用いるためには,利用したい方向に分極が発現するように,配向制御された結晶を基板上に作製する必要がある.これは,_高温で立方晶系のペロブスカイト型構造(空間群:Pm3m)となるチタバリ類が,電場印加により分極方向を三次元的に変更できる多軸性の強誘電体となることと対照的である.無機酸化物ペロブスカイトの強誘電体においては,この多軸性のため,結晶配向を制御する必要がなく,多結晶体のセラミクス強誘電体として産業利用されている.4.2柔粘性結晶筆者らは高温で柔粘性結晶となる有機イオン結晶が低温で強誘電性を示せば,多軸性の強誘電体となり,分子性強誘電結晶の低次元性に起因する欠点を克服できることを見出した.19)柔粘性結晶は,プラスチック結晶とも呼ばれ,圧力を加えることによってワックスのように変形(伸展)する柔軟性をもっている.アダマンタンのような球形分子,四塩化炭素のような正四面体構造をもつ分子は,しばしば,融点より低い温度で柔粘性結晶相となることが知られている.柔粘性結晶相では,分子は通常の結晶と同様に周期的に配列しているが,液相中と同じように等方的に回転して分子配向は無秩序化している.そして,温度低下に伴い相転移して,分子配向が秩序化した普通の結晶となる.したがって,柔粘性結晶は,液晶と同様,固相と液相の両方の性質をもつ中間的な相の名称ではあるが,高温に柔粘性結晶相をもつ化合物自体を相にかかわらず柔粘性結晶と呼ぶことが多い.柔粘性結晶は,それが示す柔軟性というユニークな特徴が興味を集めてきた.それに加えて,結晶中で分子が回転運動を行う代表的な系として,構成分子のダイナミクスと相転移に注目した研究が数多く行われている.また,柔粘性結晶中で分子配向は完全に無秩序化しており,分子は球に近い空間を占め,分子間相互作用の異方性も失われている.その結果,球を最密充填した時と同じように立方晶系の結晶構造をとることが多い.このこと自体はよく知られており,粉末のX線回折図形が非常に単純になること,あるいは,単結晶の回折ピークの数が激減することなどが柔粘性結晶の証拠としてしばしば論文に述べられている.しかし,この立方晶系の構造をとるという,分子性結晶としてきわめて例外的な構造的特徴を,結晶の機能と結びつける研究はほとんど行われていなかった.4.3柔粘性/強誘電性結晶筆者らは柔粘性結晶が示す相転移を強誘電性結晶が101