ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

X線結晶解析による分子ダイナミクスの解明と機能性結晶の開発なった結果として理解されている.12)またこの結果は,ディスオーダーのある結晶の低温の構造が,冷却速度によって変化する可能性があることを示している.特に,ディスオーダーの温度依存性で運動の有無を調べる場合には,測定温度に加えて,冷却速度にも気を配る必要があるといえる.3.フォトクロミズムの機構解明3.1フォトクロミズム固相反応が結晶格子を保ったまま進行する場合,X線結晶解析によって,その分子構造変化を観測できれば,反応に関する非常に多くの情報が得られる.筆者はいくつかの結晶が示すフォトクロミズムの反応機構をX線結晶解析により解明することに成功している.フォトクロミズムとは,光照射によって物質の色が可逆的に変化する現象であり,古くから多くの人々の興味を集めてきた.フォトクロミズムは通常,可逆的な光反応に起因している.光反応によって,色の異なる化学種が発生すると,物質の色変化として現れる.そして発生した化学種が別の波長の光照射,あるいは,熱反応によって元の化学種に戻る場合,物質の色は元に戻り,フォトクロミズムが起こることになる.近年ではフォトクロミック化合物の調光材料・光情報記憶材料などとしての応用も期待されている.フォトクロミズムを示す化合物では,通常,光反応生成物が,光反応前の安定な反応物よりも長波長の光を吸収することが多い.一般に,分子は短波長領域から長波長領域にわたる,連続したいくつかの吸収帯をもつことが多い.そして,光照射により生成した分子の吸収帯が可視領域にあり,照射前の分子の吸収帯よりも長波長側に現れる場合,新しく吸収される波長領域が増える(図4a).したがって,少量の光生成物の発生でも色変化として認識できる.これに対して,図4bのように光生成物の吸収帯が短波長側にシフトする場合は,光反応生成物が発生しても新しく吸収される波長領域が増えるわけでなく,反応がかなりの程度進行するまで,色変化として認識しにくい.そのため,フォトクロミズムとして知られている系では,光照射により,吸収が長波長側に拡がり,色が深くなるものが圧倒的に多い.そして,光生成物のみに吸収される長波長の光の照射,あるいは暗所に放置するなどの熱反応で元の色に戻る.筆者らが研究したサリチリデンアニリン(SA)類のフォトクロミズムもそのような例の1つとして挙げられる.3.2サリチリデンアニリン類のフォトクロミズムSAとその誘導体の結晶がフォトクロミズムを示すことは20世紀初頭に報告されており,結晶が太陽光にあたると薄黄色からオレンジ色に変化し,暗所に放置すると元の色に戻るとされている.13)SA類の結晶のフォトクロミズムは,1960年代から1970年代にかけてワイズマン研究所のシュミット,コーエンらのグループによって行われたトポケミストリーに関する一連の研究において中心的な課題の1つとなっている.14)彼らの研究により,SA類が結晶でフォトクロミズムを示すかどうかは化合物に依存するが,置換基の違いなどの化学構造によって決まるのではなく,結晶構造によって決まることが示されている.そして,SA類のフォトクロミズムは,結晶中に存在する安定なエノール体が,紫外光照射によって,準安定な着色体であるトランス-ケト体へ変化することによって起こるという解釈を行っている(図5).SAは水素原子が酸素原子と結合したエノール体と,窒素原子に結合したケト体をとり得るが,トランス-ケト体ではC=C結合に関してカルボニル基(C=O)と窒素原子がトランス配置となっている.この解釈は当時得られていた実験結果を合理的に説明できるものであり,以来,総説・教科書などにも既知の事実のようにしばしば取り上げられている.しかし,実際にはX線結晶解析による分子構造変化として観測されていたわけではなく,あくまでも推測に過ぎないもの図4フォトクロミック反応に伴うスペクトル変化.(Spectralchangesaccompanyingphotochromicreactions.)実線は反応物,破線は光反応生成物のスペクトル.(a)光照射により長波長の吸収帯が出現する場合.(b)光照射により短波長の吸収帯が出現する場合.図5サリチリデンアニリンのフォトクロミズム.(Photochromism of salicylideneanilines.)日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)99