ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

X線結晶解析による分子ダイナミクスの解明と機能性結晶の開発図2アゾベンゼンのディスオーダー.(Disordered crystalstructure of azobenzene.)易である.これに対して,二重結合であるN=N結合の周りの内部回転は非常に起こりにくい.このアゾベンゼンの分子骨格と可動部の配列をよく見てみると,自転車のペダルと軸の部分とよく似ており,2つのフェニル基がペダル部分に,N=N結合が軸の部分に対応している.そして,アゾベンゼンは自転車ペダルと形が似ているだけでなく,結晶中では同じような動き方をすることがわかった.アゾベンゼンの結晶構造には図2に示すようなディスオーダーがあることが古くから知られており,結晶中で個々の分子は分子長軸の周りに180°回転したような関係にある2つの配向のいずれかをとっている.3)この2つの配向の分子は,孤立分子としては同じエネルギーをもっているが,結晶中の2つの配向は等価ではなく,安定性に差が生じ,存在比は1:1ではない.アゾベンゼンのX線結晶解析をさまざまな温度で行うと,2つの配向の比率が温度によって変化することがわかった.室温では2つの配向の割合が81.5(9):18.5(9)であったのに対し,82 Kではディスオーダーは消失し,室温で優勢であった配向のみが観測された.4)この結果から,結晶中で分子は2つの配向を行ったり来たりして,2つの配向間の平衡状態にあること,そして,平衡定数は温度によって変化し,安定な配向の割合は低温で増大し,逆に不安定な配向は減少したことがわかる.このように結晶構造にディスオーダーが観測され,その2つの配向の存在比が温度によって変化することはほかのアゾベンゼン類でも観測された.4)このアゾベンゼン類の配向変化は結晶中で分子が自転車のペダルのような運動を行うことで起こっていると解釈できる(図1).上述のとおり,アゾベンゼン類でフェニル基がN?Ph結合の周りにねじれる運動は非常に起こりやすい.しかし,単純にフェニル基がひっくり返る動きをするのでは,その途中で結晶中の周りの分子とぶつかってしまう.このような運動は結晶中では起こりにくい.これに対して,ペダル運動ではフェニル基の向きを結晶格子に対して大きく変化させずに,N?Ph結合を回転させることができる.ペダル運動を詳しく見ると,2つのフェニル基が平行を保ったままN?Ph結合の周りに日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)同時に回転し,それと並行して,それとは逆向きに分子全体が長軸の周りに回転している.それによって,フェニル基の結晶格子に対する向きの変化を打ち消し,周辺分子に対してN=N結合の向きのみが変化するように運動して配向変化が起こることになる.この結晶中でのペダル運動およびそれによる配向変化はアゾベンゼン類に限らず,(E)-スチルベン類,5)ベンジリデンアニリン類,6)1,2-ジフェニルエタン類,7),8)ニトロスチレン類,9)1,6-ジフェニルヘキサトリエン10)など多くの有機分子で見られる現象であることがわかった.2.2ペダル運動の一般性いろいろな有機化合物についてペダル運動が起こっていることがわかったが,その際に運動を検出する鍵となったのは結晶構造のディスオーダーであった.しかし,室温の構造にディスオーダーがない結晶でも,実は,ペダル運動が起こっている場合があることもわかった.ペダル運動による配向変化では,一般に,結晶中でのエネルギーが異なる2つの配向間の平衡が生じる.したがって,その2つの配向のエネルギーにある程度差がある場合は,安定な配向のみが観測される.例えば,1つの配向がもう一方より2 kcal mol -1不安定であるだけで,その存在割合は室温で3%程度となり,通常のX線結晶解析で検出するのは難しい.この程度のエネルギー差は結晶中の分子間相互作用によって簡単に生じる.したがって,ペダル運動によるディスオーダーが検出されるためには,2つの配向が結晶中で偶然同じような安定性となっている必要がある.このことから,実際に結晶中でペダル運動が起こっていても,不安定な配向の割合が検出限界以下であるためにディスオーダーが観測されないケースが非常に多いと予想される.この仮説は3,3’,4,4’-テトラメチルアゾベンゼンのX線結晶解析によって実証された.5)この化合物は300 Kでは結晶構造にディスオーダーはなく,分子は1つの配向のみをとっていた.このことは図3aに示した差電子密度図からもわかる.アゾベンゼン類がペダル運動に由来するディスオーダーを示す場合には,分子中央のN=N結合付近にピークを示すが,この図にはそれがない.しかし,同じ結晶を用いて同一条件で373 Kで測定すると,差電子密度図に明らかなピークが現れた(図3b).この図でAとA’で示したピークは不安定配向の窒素原子に由来している(図3c).同じ結晶を用いて再び300 Kで測定を行うと,AとA’のピークは消失した.この結果はこの化合物においてもペダル運動による配向変化が起こっており,室温では不安定配向の存在割合が小さくて検出できなかったものの,高温では割合が増大し検出できるようになったことを示している.似たような現象はほかの化合物においても観測されている.10)したがって,結晶構造にディスオーダーがないからといっ97