ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

ページ
32/98

このページは 日本結晶学会誌Vol60No2-3 の電子ブックに掲載されている32ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

西堀英治くれた大学院生の多大な貢献もあり,1年程度でPCや並列計算機の10~100倍の計算能力を有するシステムを構築した.36)この解析システムは名古屋大学の知財部から指示を受け特許出願なども行っていた.そんな折に知財部から名古屋大学で開発されたLiイオン電池の固体電解質の構造決定を依頼された.守屋誠先生(当時名古屋大学,37現静岡大学)が開発したこの材料)は,2種類の分子3(a)(b)(c)個とLiイオンからなり,構造決定での自由度は50以上となる.図8aに示したように開発した分子の内部の回転自由度が非常に多くそれだけで40近い自由度となる.GPGPUで性能を極限まで高めたシステムで複数回の施行を繰り返したところ,図8bに示したような特徴的な分子の形状が得られた.これは酸素が円を抱くように配置し中心はマイナスの電荷によるポテンシャルを強く感じることが予測できる.この際,3個含まれると考えられる電子数が少ないLiイオンはGAでの探索を断念していた.60近い自由度になるうえ,回折データへのコントラストが低く決定が難しいと判断したためである.Liイオンについては,MEMを使ったomitマップにより探索した.omitマップの解析で発見されたLiの電子密度を図8cに示す.酸素に囲まれた領域でLiのピークを発見した.最終的に決定した構造には一次元のLiイオンの伝導パスが存在することも判明した.最終的なRietveld解析の信頼度因子はRwp=1.9%となり高角領域まで非常に高い一致度を示した.6)この研究は,構造は複雑だったが最終的な結果の質については粉末未知構造決定で最も自信のある結果の1つである.未知構造決定の研究は今でも年に数種類程度の構造38を明らかにしながら続けている.医療粉末)や特徴的な39光機能を示す金属錯体の構造決定)などに成功し,さまざまな形で物質科学の研究に貢献できていると感じている.10μm以下のタンパク質結晶が構造解析可能なSPring-8などのビームライン40)やX線自由電子レーザー41を利用したシリアルフェムト秒X線回折)など粉末1粒を単結晶として扱った方法が行われるようになった昨今では,手法としての重要性は薄れた部分もある.一方で実験自体は手軽に行えるため,試しにやってみることが多いのが現状である.また,双晶が避けられる点と温度などの外場を変化させても容易に実行できる点が今後の利点となると考えられる.昨今のin-situやOperandoのキーワードで進められる研究が今後の粉末未知構造決定のターゲットになりうると感じている.4.おわりに図8(a)Liイオン電池の固体電解質の分子モデル,(b)GAで決定された錯体分子の構造,(c)MEMによるLiイオンを示す電子密度.((a)Structuremodelofsolidmolecular electrolyte,(b)molecular structure by GA,(c)charge density of Li ion by MEM.)学術賞受賞原稿として私の研究について学術的な部分より経緯や思いを中心に書かせていただいた.学術的なことは引用文献に示した原著論文に記載されているためそちらを参照してほしい.振り返って非常に多くの方々に支えられてこれまでやってきたと実感している.それらの方々の研究分野は,物理,化学,生物学,計算科学,放射光科学とさまざまな方面に広がっている.結晶学は物理,化学,鉱物学,生命科学の領域に跨る研究分野である.結晶学会に学生の頃より参加し,分野外の人たちとも懇親会などで積極的に交わってきたことが94日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)