ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

西堀英治んでいたわけではなかった.この当時,論文に掲載されていた研究の多くはd?2Aか,それより悪いデータを利用して,Rwp=10%の結果が多く報告されていた.前述した構造因子測定と比較すると方向性がまったく異なると考えていた.当時,私は精密構造因子計測と粉末未知構造決定,タンパク質のマキシマムエントロピー法を利用した精密化の研究,26)専用計算機を利用したタンパク27質構造決定法の開発)を柱として主に進めていた.この中で粉末未知構造決定の優先度は,最初は,それほど高くなかったと感じている.この研究に本格的に取り組みだしたのは,小林明子先生(当時東大,現日大)との単一成分の中性分子からな28る金属関連物質)の共同研究が始まってからである.アニオンとカチオンの組み合わせではなく,単一の中性分子からなるNi(tmdt)2の金属伝導は当時注目を集めていた.小林先生のグループはNiをほかの金属に置換したり,配位子を変化させたりしてさまざまな物質を合成し,物性・構造を調べていた.しかし,電解により固体を得るこの系では単結晶試料を得ることが著しく困難で粉末での構造決定が望まれていた.粉末未知構造決定の手法開発をしていたわれわれと小林先生の要求がうまい具合に一致し,共同研究がスタートした.今になって考えると,この偶然は非常に幸運だったと感じている.小林先生の試料の量はマイクロgオーダーの微量であった.試料の組成は,金属を含み,かつ硫黄原子を多く含むため,炭素,窒素,酸素,水素だけからなる分子性物質と比較してX線の散乱能は大きかった.この条件はSPring-8 BL02B2のキャピラリーを利用した回折実験に最適であった.以上の条件によりキャピラリーを使用した透過法の分子性結晶のデータとしては比較的S/Nの高い回折データが得られた.この共同研究で,実際の物質を解析しながら手法開発がすすめられ,解析法開発は大幅に進展した.特に,構造決定部分だけでなく,Restrainをかけた精密化など構造精密化の部分の進展が著しかった.われわれのグループでは,この研究を行うまで,単結晶を含めて有機物の構造解析をしたことはほとんどなかった.初期には,構造が解けて論文にする際,小林先生のグループからたくさんの指摘を受けた.これらをフィードバックしつつ手法開発を進めることで,手法開発が飛躍的に進んだと感じている.この共同研究で,Au(tmdt)2,29)Zn(tmdt)2,30)Cu(tmdt)2,31)Pd(dt)2,32)Au(ptdt)2,33)34Pt(tmdt))2などさまざまな物質の構造決定に成功した.その後,小林先生から紹介を受けた東京大学の西原寛先生のグループの金属錯体など,少しずつその守備範囲を広げながら手法の高度化を進めていた.手法としても遺伝的アルゴリズムに複数の独自手法を組み込んだ方法を開発した.35)具体的には,局所最適化の組み込み,実数を使った遺伝的アルゴリズムの手法の導入などを行い,探査効率を高めていた.これらを利用して当時,粉末未知構造決定における最大のテーマと目されていた医薬品粉末の構造決定を開始した.炭素がほとんどの構成要素となる医療粉末の構造決定を始めてみると,これまでと異なりどうもしっくりこない状況が続いた.具体的には,Rwp=10%程度の構造は一応得られる.しかし全体のパターンのフィッティングをみると正しいとは思えない残差が残っている.という状況である.初期には精密化に問題があると考えたりもした.最終的に自由度が多い分子で行い判明したことは,類似の構造をもった局所解が多数出現することであった.正解と局所解は回折パターンでd>3?2 Aの低角領域ではほとんど同じ強度を与える.その区別には,d?1 A領域の回折強度が重要であることがわかった.隙間が多いため熱振動の大きい分子性の物質ではd?1 A領域の回折強度はd>5 A程度の低角の1%以下になる.こうした領域のデータを測定するには,SPring-8の粉末回折BLが最適である.これがわかったとき未知構造決定が実験とともにわれわれのグループで進める最優先テーマであることを強く認識し,データ測定の部分も含めて精力的に研究を進めるようになった.構造因子計測と同様に高角領域のデータの統計精度を高めた測定を利用した医療粉末の研究を開始した.高角の回折ピークが明瞭になると構造が間違っていることはすぐにわかった.しかし,それで正解が求まるわけではなかった.当時この状況を解決したのは,タンパク質のMEMを利用した精密化で培ったコンポジットomitマップの利用であった.これは,タンパク質の研究を進図5 MEMを利用したomitマップによるモデル構築.(Model reconstruction by omi-MEM map analysis.)92日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)