ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

放射光X線粉末回折による確度の高い構造因子の計測および未知構造決定た.また,第1原理計算の電子密度を解析してもこの効果が表れる場合があることも判明した.9)こうした研究を受けてBo Iversenは「X線物理学の基礎」の執筆者として世界的に知られるデンマーク・コペンハーゲン大のJ. Als-Nielsenと共同で,電子密度解析用の粉末回折計の開発を開始した.このころに立ち上がったドイツの第3世代放射光施設Petra-IIIに開発した装置をもち込み,研究を進めている.第1号機の報告が,102013年)にあり,さらに昨年2017年に改良版の2号機11の完成)が報告された.現在,私の研究室の笠井助教は2号機の立ち上げメンバーに加わっていた.すでにこの装置を利用したコアの変形など,構造が単純な無機物12)-14)の電子密度の研究成果が複数挙がっている.ダイヤモンドの構造因子は,この後も別の研究に利用された.理研の玉作博士はダイヤモンドを利用したX線領域の非線形光学応答の研究で複数の成果を挙げていた.15),16)この時点までに111,200など複数の反射の非線形回折強度の測定に成功しその解析を進めていた.この観測した強度を解析するため,精度と確度の高い構造因子とそれぞれの反射における価電子の寄与を調べていた.私が確度の高い実験値をもっていることを玉作博士が認識し,共同研究がスタートした.価電子の分布を反映していると思っていたが,そんなに単純ではなかった.最終的に価電子の一部からの散乱が非線形回折に表れていることがわかった.非線形回折で表れていたのはパラメトリック下方変換で生まれた2つの光子のうち,波長の長い極端紫外光で揺らされた電子を波長の短い光子で散乱した結果であることもわかった.17)ここまで述べたように,確度の高い構造因子はさまざまな研究に利用できるだけでなく,新しい科学を切り拓く礎にもなりえると強く認識した.ダイヤモンド以外に幅広く利用された構造因子に熱電変換材料CoSb 3の構造因子がある.私の学会賞受賞当時の会長佐々木聡先生の学生を特別研究学生として私が指導し観測したデータである.このデータによる化学結合の観測を2007に報告した.18)このデータがSPring-8の単結晶X線回折装置の電子密度解析での性能評価に2013年に再度利用された.19)これまでに「確度の高い構造因子測定」を行った研究には上述したシリコン,ダイヤモンド,CoSb 3以外に,α-ボロン,20)LiCoO 2,21)LaB 6,BaB22)6などがある.最近の研究例としてLaB 6,BaB 6の確度の高い構造因子測定を利用した,LaB 6のπ電子的な伝導電子の観測について簡単に紹介する.金属六ホウ化物MB 6はCaB 6,LaB 6などさまざまな物質が知られている.B 6クラスターが2個の電子を受け取ると閉殻となるため,Mである金属が2価の時は半導体,3価の時は金属となる.LaB 6における伝導電子は,B 6分日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)図4 LaB 6とBaB 6の価電子密度分布の差.(Difference ofvalence charge density between LaB 6 and BaB 6.)子間をつなぐπ電子的であると理論的に予測されている.23)この検出をLaB 6とBaB 6の確度の高い構造因子を用いて行った.この際にはこれまでで最高の分解能となるd>0.21 Aのデータを利用することができ,最終的に図4に示すようにLaB 6とBaB 6の価電子密度分布の差から,π電子的な電子密度分布を観測することに成功した.図の中に矢印で示したピークがπ電子的な金属伝導の担い手となる価電子である.「確度の高い構造因子測定」のテーマについては,粉末回折だけでなく放射光単結晶X線回折も利用してその研究を現在推進中である.私のグループに国際テニュアトラック助教として2015年に着任した笠井助教もこの研究を精力的に進めている.最近ではSPring-8の単結晶X線回折データからVan der Warrls力の起源となる化学結24合の観測に成功)するなど単結晶と粉末の垣根を超えた幅広い研究を現在も展開中である.なお,SPrring-8の単結晶X線回折のビームラインBL02B1は私が2008年から立ち上げメンバーと参加したビームラインである.このBLの立ち上げでも,BL02B2の立ち上げ同様の電子密度解析用データの精密測定が可能な装置の開発を目指したため,現在では単結晶でも世界で最高レベルの電子密度研究用のデータをSPring-8で測定することができる.3.未知構造決定1990年代より欧米を中心に勢力的に進められた粉末未知構造決定法の開発と,放射光を始めとした光源・光学系,測定装置の進歩,安価で高速な計算を可能とするコンピュータの普及により,分子性物質の構造を粉末X線回折から決定する研究が2000年ごろから盛んに行われるようになった.25)私は最初から未知構造決定の研究に積極的に取り組91