ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

放射光X線粉末回折による確度の高い構造因子の計測および未知構造決定図1F.W.H.M[deg.]0.080.060.040.02?E/E=10 -5?E/E=10 -4?E/E=10 -3?E/E=5×10 -400 20 40 602θ[deg.]回折線幅とエネルギー分解能.(The plots of diffractionpeak width and energy resolution.)Source(APS)の状況だった.デンマークのBo Iversen教授,イギリスのKosmass Prasidess教授,オランダのHenkShenk教授などESRFを利用しつつもSPring-8を利用する研究者からESRFの状況を聞いていた.それらに基づき自分なりにSPring-8の優位性を調べていた.当時のESRFの粉末回折計は,アナライザー結晶を利用した高分解能仕様と平板カメラの高圧対応の2本立てであった.低角領域の反射の幅の点の分解能ではアナライザー結晶のデータにはまったくかなわなかった.ただし高角領域を比較させてもらったところ,SPring-8の大型デバイシェラーカメラにも優位な点があることがわかった.SPring-8データでは,同じ試料を測定したとき明らかに高角でも回折強度が明瞭に観測されていたためである.この時,この優位性を生かした研究を進めようと決心し,表題にある「確度の高い構造因子の計測」と「未知構造決定」をそのテーマとして選び推進した.なぜ,これらの研究で高角領域の回折強度が重要になるかについては,後ほどそれぞれの項目で述べることとする.2.確度の高い構造因子の計測研究室に配属以来,マキシマムエントロピー法(MEM)2による電子密度解析)が自身の研究テーマと常に関係していた.MEMの研究として最初に報告されたのは,加藤範夫先生がペンデル縞干渉法で測定したシリコンの3構造因子)を用いた電子密度である.Sakata & Satoを著者としてActa Crystallography Aに掲載された論文は1990年代当時に高い注目を集めていた.また,1996年にはTakata & Sakataを著者として,加藤先生のデータを使ってDataのCompletenessとMEM解析の関係性が示された.4)このように1990年~2000年代の坂田研ではシリコンの構造因子を使ったMEM解析は中心テーマの1つだった.そして,MEM解析のためのデータ測定法として粉末回折法が選択され,実験室やPhoton Factoryでシリコンの精密な構造因子計測のための測定がたびたび行われていた.1990年代には満足のいくデータを得ること日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)はできていなかった.SPring-8の立ち上げが進み,得られるデータの性能がわかってきた2000年に入ってから,シリコンのデータ測定についての検討を開始した.電子密度解析のためのデータ測定では,試料の粒度分布の揃った粉末が必要となる.このころNISTのシリコンを測定したところ,粒度が揃った結晶性の良い粉末になっていることがわかった.同じ構造をもつダイヤモンドについても㈱ニラコから粒度の揃った粉末を購入できることがわかり,これを5)購入した.この試料の質の評価については,原著論文にデータとともに記載しているため参照してほしい.次に問題にしたのは,SPring-8で,波長0.5 A以下の短波長を利用して測定した場合,非常に広い逆空間分解能が達成できるものの,強度の減衰も大きく,高角領域で目視可能な反射の統計精度が不足することだった.温度因子を考慮しない場合でも原子散乱因子は,散乱角2θ=0°の電子数の値からd~0.25 Aで5%程度にまで減衰する.回折強度は,原子散乱因子の二乗に比例するため,d~0.25 Aの強度は低角反射の0.3%程度となる.このデータを低角の反射と同じように測定しても,統計精度が足りなくなる.この場合,低角だけを測定する考え方もある.このころには,直感的に電子密度解析に必要な分解能について理解していた.この点については,最近になって論文にまとめている.6)シリコンとダイヤモンドのMEM電子密度分布に明確な分可能依存性が存在する.MEMの電子密度再構築はUniform Priorを使用する限り分解能の影響を強く受ける.それが無視できる分解能は,物質に依存するが,d>0.4 A程度が無機物での目安となる.この分解能の測定を粉末回折で行うと高角の統計精度は通常の測定法では不十分になる.BL02B2は,検出器が回折計の2θ軸上に設置されているため,2θ軸に沿って検出器を移動できる.検出器を高角に移動させ,X線の露光時間を増やすことで高角領域の統計不足を解消できる.強度が足りなくなる高角領域はこの方法でデータを測定した.当時,統計精度が異なる2つのデータから観測構造因子を抽出するソフトウェアはなく,またデータ間のスケーリングが解析の1つのポイントになるため,専用のソフトウェアを自作して解析した.強度のダイナミックレンジの広いデータ解析では,虎谷先生が以前に報告していたWeighting Scheme 7)の利用などいくつか検討項目があったが無事に観測構造因子を粉末回折データから抽出することに成功した.こうして測定した観測構造因子を図2に示す.加藤先生の値とともに原子散乱因子に規格化して示した.この図から,低角領域で粉末回折から求めた値はペンデル縞干渉法の値と一致していることがわかる.また,高角領域をみると利用可能な構造因子の数が大幅に増加していることもわかる.加藤先生のデータでは30本程度だっ89