ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

日本結晶学会誌60,74-75(2018)最近の研究動向DNA結合活性をもつプロテアーゼ様タンパク質の構造解析大阪市立大学大学院理学研究科増井良治Ryoji MASUI: Structural Analysis of a Protease-like Protein with DNA-binding Activityタンパク質はアミノ酸がつながったポリペプチド鎖であり,その主鎖の相互作用によってα-ヘリックスやβ-シートを形成し,さらに側鎖間の非共有的な相互作用によって折りたたまれて全体構造が決まる.多くのタンパク質の全体構造では,100~200個程度のアミノ酸残基が折りたたまった独立した構造が認められる.そのような部分構造は「ドメイン」と呼ばれ,それ単独で特定の機能を担う場合がある.ところが,類似の構造をもつタンパク質ドメインがまったく異なる機能を示すこともある.本稿では,われわれが立体構造に基づいて発見したそのような例を紹介する.1)Lonプロテアーゼは生物界に広く保存されたストレス応答性のATP駆動型セリンプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)である.Lonプロテアーゼは3つのドメインからなり,その分解活性はC末端側に存在する触媒ドメイン(LonC)が担う.面白いことに,バクテリアのDNA修復酵素RadAや細胞外からDNAを取り込む分子装置の構成成分ComMにもLonCが存在する.しかし,LonプロテアーゼのLonCとは異なり,RadAやComMのLonCには触媒反応に必須のセリン残基が保存されておらず,プロテアーゼ活性は見られない.RadAはバクテリアに広く保存されたタンパク質で,DNA相同組換えの中心的役割を担うRecAの働きを補助する因子として知られている.DNA相同組換えは,DNA二重鎖切断修復などを介して遺伝情報の維持に寄与する重要な生命現象であり,RecAは相同なDNA鎖の探索と鎖交換反応を触媒するリコンビナーゼ(組換え酵素)として働く.RadAは,Znフィンガー,RecAに似たATP加水分解(ATPアーゼ)ドメイン,LonCの3つのドメインからなる.RadAは,DNA存在下でATPアーゼ活性が活性化され,RecAによる鎖交換反応を促進することでDNA修復に関与すると考えられている.さらに遺伝学的な解析によって,LonCがRadAを介したDNA修復に必須であることもわかっている.しかし,LonCの分子レベルでの機能は未解明のままである.そこでわれわれは,非プロテアーゼ型LonCの働きを明らかにするため,高度好熱菌Thermus thermophilus由来RadAのLonC(RadA-LonC)について構造機能解析を行った.まず,精製したRadA-LonC(262-423番目)を4℃で結晶化し,SPring-8のBL38B1ビームラインにおいて2.7 A分解能の回折データを収集した.次に,サーチモデルとしてLonプロテアーゼのLonCの構造を用いて分子置換法による構造決定を試みたが,うまくいかなかった.RadA-LonCとLonプロテアーゼのLonCとのアミノ酸配列一致度がそれほど高くない(32%)ことが原因とも考えられた.そこで,立体構造予測プログラムによりRadA-LonCのモデル構造を構築し,その構造をサーチモデルとして分子置換を試みた.近年,配列一致度の高い類似構造がないため分子置換法による構造決定が困難な場合に,対象タンパク質そのものの予測構造をサーチモデルとして用いることが行われている.この手法が可能になった背景には,立体構造予測が高い精度で可能になってきたことが挙げられる.最近では,類似構造がまったく存在しない高分子量タンパク質の低分解能データでも,分子置換法によって立体構造が決定されている.2)今回われわれが予測に用いたI-TASSERは,構造認識法(スレッディング法)とフラグメントアセンブリ法を組み合わせたプログラムであり,3)世界規模で開催されるタンパク質立体構造予測コンテストCASPでは,Rosettaとともに常に上位にランクされている.このI-TASSERでRadA-LonCのモデル構造を予測し,それを用いた分子置換法により,2.7 A分解能で結晶構造を決定することができた.RadA-LonCの全体構造はプロテアーゼ型LonCと似ており,6量体リング構造を形成している点も共通であった(図1).一方,分子表面の電荷分布には大きな違いが見られた.プロテアーゼ型LonCとは異なり,RadA-LonCには6量体リング片面のサブユニット界面の凹み部分(intersubunit cleft)やリングの穴の内壁(hole)に正電荷に富んだ領域が存在していた(図1,◯で囲んだ領域).サブユニット界面の凹みにはArg286とArg385が,リングの内壁にはArg305,Arg314,Lys345が存在し,どの塩基性残基も進化的に高度に保存されていた.DNAは負電荷をもつことから,われわれはこれらの正電荷を帯びた領域でRadA-LonCがDNAに結合するのではないかと考えた.74日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)