ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4
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日本結晶学会誌Vol59No4
会報以上の自由度を有する分子性のイオン電池固体電解質の構造決定にも成功した.西堀会員は,この手法によって,10種類を超える単一種の分子からなる分子性金属結晶およびその関連物質の結晶構造を明らかにするとともに,分子性導体,金属錯体などさまざまな物質の構造決定に成功している.上記の西堀会員による業績は,結晶学ならびに物質科学の発展に貢献しており,日本結晶学会学術賞に相応しいものである.日本結晶学会学術賞「X線結晶解析による分子ダイナミクスの解明と機能性結晶の開発」原田潤会員原田潤会員は有機結晶内の分子の運動および反応というダイナミックな過程を単結晶X線構造解析により解明することに成功した.原田会員は,アゾベンゼン類の結晶構造でしばしば観測される構造の乱れが,温度の低下とともに減少して消失することを見出し,構造の乱れは結晶中での配向変化に由来する動的なものであり,結晶中で分子が自転車のペダルを漕ぐような運動(ペダル運動)を行って分子全体の配向を変化させていることを明らかにした.さらにこのペダル運動が結晶中における有機分子の一般的な運動様式の一つであることを示した.室温で構造の乱れが観測されない結晶でも,ペダル運動が起こっていることを高温のX線結晶解析により証明し,この運動の普遍性をより確かなものとした.また,結晶を瞬間冷却することでペダル運動を凍結させて非平衡な状態を作り出し,そのX線結晶解析に成功している.現在では,結晶中のペダル運動は結晶中での分子ダイナミクスを理解する際につねに考慮しなければならない運動様式として広く認知されている.また,原田会員は結晶中でのフォトクロミズムの反応機構をX線結晶解析により解明することに成功した.フォトクロミック結晶を通常の方法で光照射しても,結晶の内部まで光は透過せず,反応は結晶のごく表層付近に限られる.原田会員は長波長のパルスレーザー光を用い二光子励起を利用して結晶全体を均一に反応させるという独自の方法を考案し,サリチリデンアニリン類の光反応のX線結晶解析に成功した.この研究成果は,結晶中でのフォトクロミズムに伴う分子構造変化をX線結晶解析で追跡した最初の成功例として広く知られている.ここ数年来,原田会員は結晶中の分子運動を誘電機能の発現に結びつけ,分子性強誘電結晶の開発を行っている.分子性強誘電結晶は,鉛を含まず,溶液からの加工が容易で,フレキシブルな電子デバイスに組み込み日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)やすいことから注目されている.原田会員は,高温相で立方晶系となる柔粘性結晶の特徴を巧みに利用し,無機酸化物強誘電体のように,電気分極の方向を三次元的に変調できる,これまでの分子性強誘電結晶にない特長をもつ柔粘性/強誘電性分子結晶の開発に成功した.この原田会員の独創的な研究はこれまでの分子性強誘電結晶開発の流れを変える新しい材料設計の指針として当該分野の研究者に大きなインパクトを与えている.これらの原田会員の業績は,結晶学ならびに物質化学の発展に貢献する独創的な業績として,日本結晶学会学術賞に相応しいものである.日本結晶学会進歩賞「微小結晶を用いたタンパク質X線結晶構造解析におけるデータ処理方法の開発」山下恵太郎会員山下会員は,タンパク質の微小結晶を用いた構造解析という困難な問題の解決に対し,SHIKA,KAMOという構造解析用ツールを開発することで大きな貢献をした.微小な結晶しか得られない膜タンパク質などの結晶構造解析を,放射光源から得られる高輝度かつ微小なビームを使って行うことは,構造生物学分野における最先端の課題である.ここには,可視化が困難な微小結晶からどのようにして回折データを集めるのかという実験上の問題に加え,収集したデータをどのように処理して構造解析に利用できる完全なデータを作りあげるかという2つの大きな課題があった.山下会員はこの2つの問題に取り組み,微小結晶の位置・形状決定を支援するツールSHIKAと,多数の結晶から収集したデータを個別に処理したのち分類し,適切に併合処理を行うことで構造解析可能な最終データを出力するプログラムKAMOを開発し,これらの課題解決に向け大きな前進を成し遂げた.これらを組み込んだシステムは,多くのユーザに利用され,重要なタンパク質の結晶構造解析に利用されただけでなく,海外でもKAMOをベースにしたデータ処理システムの開発も行われ,その有用性が世界的にも認知されるに至っている.これに加え、Serial SynchrotronRotation Crystallography(SS-ROX)法の確立や,XFELを用いたシリアルフェムト秒結晶学(SFX)への貢献など,方法論の分野で顕著な業績を上げ続けている.このように山下会員の次々と新しい課題を解決する姿勢は,将来にわたりこの分野をリードしていくと期待されるものである.以上,山下会員によるタンパク質結晶解析の適用範囲を広げた研究は画期的な研究成果であるだけでなく,我が国のタンパク質結晶学において,方法論の分野で国際的な業績を上げた点においても評価され日本結晶学会進歩賞に相応しいものである.197