ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4

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概要

日本結晶学会誌Vol59No4

中村顕,平林佳,田之倉優特に,分解能範囲全体での<I/σ(I)>やR mergeは有意に向上していた.このほか,ZPαβでは最高分解能,総合温度因子の値も有意に良くなっていた.すなわち,開発したシステムを使用して得られた結晶は通常の方法で得られた結晶よりも高品質であることが示唆された.また,図6に示したように各評価項目のエラーバーの大きさから,結晶間の品質のバラつきも小さい傾向があった.したがって,本システムでの擬似的微小重力環境を利用することで,高品質かつ均質なタンパク質結晶が得られる可能性が示された.構造解析した結果を比較したところ,R work/R freeの平均値が,mKOで0.219/0.249(通常重力条件)に対して0.204/0.232(擬似的微小重力条件),ZPαβで0.204/0.256(通常重力条件)に対して0.187/0.243(擬似的微小重力条件)となっており,擬似的微小重力環境で得られた結晶では,分解能の向上に相関してより正確な構造精密化が可能だということがわかった.一方で,最終構造を比較すると,主鎖Cα原子(側鎖も含めた全原子)の平均二乗偏差はmKOで0.10 A(0.49 A),ZPαβで0.26 A(0.80 A)であり,擬似的微小重力環境および通常重力環境で得られた結晶中の分子構造に大きな違いはないと言える.4.おわりに本稿で紹介したように,磁気力による擬似的微小重力環境を利用したタンパク質結晶化実験では,通常の重力環境と比較して,高品質でかつ均質なタンパク質結晶が得られる可能性がある.その理由としては,重力低減による対流低減効果に加えて磁場配向も品質向上へ一定の寄与があると考えている.また,擬似的微小重力条件下で形成した結晶と通常重力条件下で形成した結晶を構成するタンパク質分子の立体構造に,大きな違いはないこともわかった.以上の特徴から,結晶の高品質化をねらった利用だけでなく,均質な結晶を複数必要とする同型置換法での位相決定時や,大量の微結晶を使用するX線自由電子レーザーでの連続フェムト秒結晶構造解析などにおいても有効であると考えている.また,本システムはほかに類を見ない特殊な実験装置であるが,利用者が行う作業は通常の結晶化時と変わらない.利用にあたって特別な技術を必要としないという点から,今後も広範な利用が期待できる.本システムの開発にあたり,宇宙での微小重力環境を利用した実験との関係性を尋ねられることがあるが,われわれは両者は基本的には別の結晶成長環境であると考えている.宇宙空間では,あらゆる物質に対しての重力が低減されるが,本システムでは,水や水に近い磁化率をもつ物質に対してのみ重力低減効果がある.また,これに強磁場による効果が加わることも特徴である.ただし,重力低減環境という共通項をもつことから,本システムを利用した実験と宇宙実験との相互利用を積み重ね,情報を蓄積していくことによって,実験試料ごとに最適な結晶成長場を提案するなど,タンパク質結晶構造解析の分野に貢献できると考えている.謝辞本システムは,国立研究開発法人科学技術振興機構研究成果展開事業先端計測分析技術・機器開発プログラムの支援を受け,国立研究開発法人物質・材料研究機構,㈱清原光学,味の素㈱,京都大学とともに共同開発しました.装置開発・運用,実験にかかわった方々に感謝いたします.また,X線回折実験に関してPhotonFactoryビームラインスタッフのご支援に感謝いたします.文献1)K. L. Longenecker, S. M. Garrard, P. J. Sheffield and Z. S.Derewenda: Acta Crystallogr. D57, 679(2001).2)L. J. DeLucas, et al.: Science 246, 651(1989).3)S. Sugiyama, K. Tanabe, M. Hirose, T. Kitatani, H. Hasenaka, Y.Takahashi, H. Adachi, K. Takano, S. Murakami, Y. Mori, T. Inoueand H. Matsumura: Jpn J. Appl. Phys. 48, 075502(2009).4)B. Heras and J. L. Martin: Acta Crystallogr. D61, 1173(2005).5)A. McPherson and L. J. DeLucas: npj Microgravity 1, 15010(2015).6)N. I. Wakayama: Cryst. Growth Des. 3, 17(2003).7)G. Sazaki, E. Yoshida, H. Komatsu, T. Nakada, S. Miyashita and K.Watanabe: J. Cryst. Growth 173, 231(1997).8)J. P. Astier, S. Veesler and R. Boistelle: Acta Crystallogr. D54, 703(1998).9)S. Sakurazawa, T. Kubota and M. Ataka: J. Cryst. Growth 196, 325(1999).10)S. Yanagiya, G. Sazaki, S. D. Durbin, S. Miyashita, K. Nakajima,H. Komatsu, K. Watanabe and M. Motokawa: J. Cryst. Growth 208,645(2000).11)S. X. Lin, M. Zhou, A. Azzi, G. J. Xu, N. I. Wakayama and M.Ataka: Biochem. Biophys. Res. Commun. 275, 274(2000).12)T. Sato, Y. Yamada, S. Saijo, T. Hori, R. Hirose, N. Tanaka, G.Sazaki, K. Nakajima, N. Igarashi, M. Tanaka and Y. Matsuura: ActaCrystallogr. D56, 1079(2000).13)T. Kinoshita, M. Ataka, M. Warizaya, M. Neya and T. Fujii: ActaCrystallogr. D59, 1333(2003).14)D. C. Yin, N. Wakayama, K. Harata, M. Fujiwara, T. Kiyoshi, H.Wada, N. Niimura, S. Arai, W. Huang and Y. Tanimoto: J. Cryst.Growth 270, 184(2004).15)A. Nakamura, J. Ohtsuka, K. Miyazono, A. Yamamura, K. Kubota,R. Hirose, N. Hirota, M. Ataka, Y. Sawano and M. Tanokura: Cryst.Growth Des. 12, 1141(2012).16)D. C. Yin, H. M. Lu, L. Q. Geng, Z. H. Shi, H. M. Luo, H. S. Li, Y.J. Ye, W. H. Guo, P. Shang and N. I. Wakayama: J. Cryst. Growth310, 1206(2008).17)A. Nakamura, J. Ohtsuka, T. Kashiwagi, N. Numoto, N. Hirota,T. Ode, H. Okada, K. Nagata, M. Kiyohara, E. Suzuki, A. Kita, H.Wada and M. Tanokura: Sci. Rep. 6, 22127(2016).18)W. Kabsch: Acta Crystallogr. D66, 125(2010).19)P. Evans: Acta Crystallogr. D62, 72(2006).186日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)