ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4
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日本結晶学会誌Vol59No4
キナーゼを標的とした構造生物学および創薬の現状図9 juxtamembrane(JM)領域を含むtropomyosin-relatedkinaseA(TrkA)キナーゼドメインと高選択性Type-III阻害剤の結合様式(PDB: 5h3q).(Bindingmode of high ly-selective type-III inhibitor withtropomyosin-related kinase A(TrkA).)DFG-out構造で反転したフェニルアラニンのベンゼン環がATP部位に入り込み,ATP部位とDFG-out領域は分断されている.阻害剤はDFG-out領域に結合しており,さらにJM領域が上から押さえこむように相互作用している.阻害剤が接する部分はTrkBおよびTrkCに保存されておらず,このJM領域の相互作用がTrkA選択性を決めていると推察される.高選択性阻害剤の創出が期待される.また,いくつかの受容体型チロシンキナーゼでは,膜貫通領域とキナーゼドメインの間のjuxtamembrane(JM)領域がダイナミックに動きながら活性制御に大きくかかわることが報告されている.驚くべきことに,構造柔軟性が高いJM領域がType-III型tropomyosin-related kinaseA(TrkA)阻害剤の選択性を決めることがわかった. 12)Trkは3種の近縁キナーゼ(TrkA,TrkB,TrkC)が存在するが,それぞれ別々のタンパク質リガンドに反応し,生体内で異なる役割を担う.つまり,これらを区別して阻害することが,副作用回避のための第1関門となる.しかしながら,ATP結合部位およびDFG-out領域ともアミノ酸配列と立体構造が完全に一致しており,Type-IIあるいはType-III阻害剤であっても高選択性を示すことは困難と予想された.実際に,ほとんどのType-III阻害剤は3つの近縁キナーゼをすべて阻害するpan阻害剤である.そんな中で,最近報告されたTrkA高選択的阻害剤の作用機序に興味がもたれた.X線構造解析から,この阻害剤はA-loopがATP部位に入り込んだ自己阻害構造におけるDFG-out領域に結合しており,JM領域と強く相互作用していることがわかった(図9).DFG-out領域は完全に保存されているが,JM領域の相互作用部位はTrkBおよびTrkCには保存されていない.したがって,JM領域との相互作用がTrkA選択性を示すために必須であることが示唆された.この阻害剤はJM領域を除去したTrkA日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)図10 extracellular signal-regulated kinase 2(ERK2)の基質認識機構.(Substrate recognition mechanism ofextracellular signal-regulated kinase 2(ERK2).)ERK2の基質認識は,活性部位付近においてリン酸化部位に隣接するプロリンと,アロステリック部位でkinase interaction motif(KIM)配列との,2カ所の相互作用を介して行われる.キナーゼドメインに対しては阻害活性が大きく低下する.一方,pan阻害剤はJM領域の有無にかかわらず阻害活性は変動しない.Type-IV阻害剤は,いわゆるアロステリック阻害剤である.活性制御にかかわる低分子化合物あるいはタンパク質の結合部位,基質のアロスリック認識部位などに結合して,キナーゼの構造を微細に変化させてキナーゼ活性を阻害する.ここでは,extracellular signal-regulatedkinase 2(ERK2)のType-Ⅳ阻害剤の創出経緯を紹介する. 13),14)ERK2は基質を認識するとき,A-loopだけでなく,kinase interaction motif(KIM)領域と呼ばれるアロステリック部位も同時に使う(図10).KIM領域は,基質に含まれるコンセンサス配列を認識する(図10).この配列を元に設計したペプチド性ERK2阻害剤は,酵素阻害活性および糖尿病の動物モデルに対する有効性を示した.さらにX線結晶構造からペプチド性阻害剤の結合部位を同定し,インシリコスクリーニングから低分子阻害剤を見出した.以上のことは,医薬品に到達するまでには課題が山積されているものの,Type-IV阻害剤の将来性および有用性を示す.5.キナーゼ創薬の将来現状では,すべてのキナーゼドメインの立体構造が利用できる状況にはない.近い将来に全構造が揃うことを期待している.そうなれば,518種のキナーゼ構造を区別することができ,これが1キナーゼ選択的阻害剤の創出につながる.第3章のType-I阻害剤の項で説明したよりも,キナーゼ構造を詳細に記述する方法の開発などの課題が残されているが,バイオインフォマティクス技術を応用した展開が進むと予想する.第4章で触れたように,キナーゼドメインの活性構造の類似性は高い.したがって,多様性の高い自己阻害構造のほうが,高選択的キナーゼ阻害薬の分子標的として179