ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4

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概要

日本結晶学会誌Vol59No4

木下誉富を4つもっているが,α,β不飽和ケトンを有する阻害剤5Z-7-oxozeaenolはhinge領域Cys218のSH基とマイケル付加反応を介して結合する.8)Cys218はほかのMAP2Kには保存されておらず,この結合が阻害剤の特異性を生む大きなカギとなると考えている.4.活性制御機構と創薬研究PDB収載構造の比較から,キナーゼの活性構造の類似性が高いことがわかる.したがって,高選択性キナーゼ阻害薬を開発するためには,真っ正直に活性構造を標的にするのは得策ではない.むしろ,個々のキナーゼの活性制御の分子機構の詳細を明らかにして,それを基に阻害する戦略を立てるほうが有利だと考えられる.細胞内で,多くのキナーゼはA-loopのリン酸化,脱リン酸化を介して活性構造と不活性構造を行き来している.外部刺激によるシグナル賦活化に伴い,クライアントキナーゼの活性化を介して,当該キナーゼのA-loopがリン酸化される.同時にフォスファターゼが脱リン酸化を行っている.どのようなシグナル状態であっても,活性構造と不活性構造の平衡がずれるだけである.つまり,外部シグナルが継続するうちは活性体が優位になり,逆になくなると不活性体が優位になる.したがって,不活性構造を安定化すれば,相対的に活性体の存在量が減少する.このような考え方から,不活性構造に優先的に結合する阻害剤に注目が高まっている.Type-IIおよび-III阻害剤がその範疇に入る.Type-II阻害剤は,DFG-out構造という自己阻害構造に結合して安定化することで,結果的に細胞内のキナーゼ活性を阻害することができる.選択性を考えるうえでは困ったことだが,DFG-out構造は思ったよりも多くのキナーゼで報告されている.このことから,DFG-out構造はすべてのキナーゼが取りうる自己阻害構造と考えられるが,DFG-out領域の多様性はある程度高く,うまく使えばイマチニブなどの医薬品の創出につながる.また,gate keeper残基の側鎖が立体的に小さい場合にDFG-out化が起きやすいことがわかってきた.このDFG-out化はR-spine形成と関連があると言われており,この辺りの構造形成メカニズムの解析が進めば,選択性を向上させる,さらなるヒントが得られることが期待される.Type-III阻害剤は,ATP結合部位近傍にあり,DFG-out構造などの自己阻害構造に生じる空間のみに結合する.MAP2K1では,キナーゼドメインのN末端側にあるへリックスがhinge領域付近に取りつくことによって,両lobe間の動きを止める分子ブレーキとしてはたらく(図7,8).この自己阻害構造に生じる特徴的な疎水性空間は,ATP結合部位とまったく重ならない(図7).この空間に結合する,トラメチニブなどのATP非拮抗型MAP2K1阻害薬はほかのキナーゼはもちろん,相同キ図7 mitogen-activated kinase kinase 1(MAP2K1)の自己阻害構造に生じるType-III阻害剤の結合部位(PDB: 3eqh).(Type-III inhibitor binding site emergedin auto-inhibition structure of mitogen-activated kinasekinase 1(MAP2K1).)右図は左図から紙面縦方向を軸として90度回転している.キナーゼドメインのN末端側へリックスが分子ブレーキとなって自己阻害構造を形成する.この構造には,ATP結合部位にまったく重ならない,低分子化合物が入る程度の大きさの疎水性領域が存在する.図8 mitogen-activated kinase kinase(MAP2K)の自己阻害メカニズム.(Auto-inhibition mechanisms of mitogenactivatedkinase kinase(MAP2K).)MAP2K1(2K2)はN末側のヘリックスが構造を固定する分子ブレーキとして働く.MAP2K4は,基質がN末端lobeの頂点に結合することで,A-loop領域の長いヘリックス構造を誘導してATPのγリン酸基を囲い込む.MAP2K6はATPの結合によりA-loop領域が3本のヘリックスを形成してγリン酸基を囲い込む.MAP2K7は,P-loopがATP結合部位を閉じた構造に固定してATPの結合を阻害する.ナーゼに対しても高選択性を示す.また,X線結晶構造解析から,相同キナーゼであるMAP2K4,MAP2K6,MAP2K7には,MAP2K1に見出された分子ブレーキおよび特徴的空間はなく,この種のMAP2K1阻害剤が選択性を示す構造要因があらためて明らかとなった.9)-11)さらにMAP2K4,MAP2K6,MAP2K7について,異なる自己阻害構造が見出されており(図8),それぞれに対して178日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)