ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4
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日本結晶学会誌Vol59No4
日本結晶学会誌59,174-181(2017)Reviewキナーゼを標的とした構造生物学および創薬の現状大阪府立大学大学院理学系研究科木下誉富Takayoshi KINOSHITA: Structural Biology and Drug Discovery on Protein KinasesProtein kinases transfer theγ-phosphate group of ATP to the hydroxyl group of substrate protein.518 human kinases are classified into serine/threonine kinases and tyrosine kinases, and individuallyand/or synergistically transduce physiologic stimuli into cell to promote cell proliferation or apoptosis,etc. Kinases are identified as drug targets because dysfunction of kinases leads to severe diseases suchas cancers. In this review, I describe structural biology on kinases and drug discovery for the severediseases such as cancers due to kinase dysfunction.1.はじめにプロテインキナーゼ(以下,キナーゼ)は,マグネシウム(またはマンガン)イオンを必須とし,基質となるタンパク質の水酸基にアデノシン三リン酸(ATP)のγリン酸基を転移する酵素群である.ヒトに存在する518種のキナーゼは,1)基質の選択性からセリン・トレオニンキナーゼ(STK)とチロシンキナーゼ(TK)に大別される(数種の非典型キナーゼを除く).キナーゼは役割分担しながら,外部刺激に応答するシグナルを伝達し,細胞の分化,増殖,アポトーシスなどを通じて複雑な生体機能を恒常的に制御している.キナーゼはどれも生命にとって必要不可欠であるだけに,絶妙に制御された活性バランスの崩壊はガンなどの重篤な疾患につながる.2000年代初頭頃から今日に至るまで,イマチニブやゲフィチニブをはじめとする,約30種類の低分子化合物がキナーゼ阻害薬としてアメリカ食品医薬品局(FDA)によって認可されている.2)これらの医薬品は,疾患の原因となるキナーゼを特定してから開発されたことから,分子標的医薬品と呼ばれる.現代科学を駆使すれば,標的キナーゼを同定して薬理作用の高い阻害剤を創製することは容易である.ところが,阻害剤を医薬品とするためには,吸収,代謝などの薬物動態と毒性,いわゆるADMETに関する難題をクリアすることが求められる.さらにキナーゼ特有の問題として,しばしば副作用の要因となる,標的以外のキナーゼ(off-target)に作用しないようにする必要がある.しかし,標的キナーゼのみを完全特異的に阻害することは困難を極める.このため,キナーゼ阻害薬のほとんどは何がしかの副作用を示し,投与方法に制限が設けられている.また,抗ガン薬に許される副作用は生活習慣病(糖尿病)などの慢性疾患を対象とした場合には受け入れがたいものとなる.そのために抗ガン薬以外のキナーゼ阻害薬の開発を困難なものにしている.こういった背景のもと,疾患標的キナーゼに特異的に作用する阻害剤を開発するためにさまざまな科学技術が応用されている.とくにX線結晶構造解析による標的キナーゼと医薬品候補化合物との結合様式の解析が高選択性阻害薬の開発に欠かせないものとなっている.本稿では,キナーゼ分子に関する構造生物学と,構造知見を基盤としたキナーゼ創薬の現状を解説する.2.キナーゼの構造生物学キナーゼは多岐多様なドメイン構造を有しているが,その中で触媒活性をもつキナーゼドメインについて,約200種のX線結晶構造がProtein Data Bank(PDB)に登録されている.典型的なキナーゼドメインは,1本のαへリックス(αC)と5本のβストランド(β1~β5)を主体とするN末端lobeと,主にαへリックスからなるC末端lobeとで形成されており,両lobe間をhinge領域が繋いでいる(図1).hinge領域はたった1本のループ構造からなっており,キナーゼ分子の構造柔軟性の原因となっている.分子動力学計算やX線小角散乱実験などから両lobeの相対位置が大きく変化することがわかっている.この柔軟性によりATPの結合とアデノシン二リン酸(ADP)の解離の繰返しが迅速に行われ,キナーゼの触媒回転を可能にする.ATP分子は両lobe間に挟まれた疎水性の深い溝に結合する(図1).この結合には,hinge領域のポリペプチド主鎖との水素結合と,グリシンに富み柔軟性の高いphosphate binding loop(P-loop)による相互作用が必須となる.キナーゼは活性化の過程で,activation loop(A-loop)がリン酸化あるいは活性調節因子の脱着などにより,βストランド構造に変化して活性発現に大きな役割を果たす.A-loopは,キナーゼ間で保存されたDFGモチーフ(Asp-Phe-Gly)から始まり,APEモチーフ(Ala-Pro-Glu)174日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)