ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4
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日本結晶学会誌Vol59No4
杉本宏のHis残基(His72とHis149)がヘム鉄に配位し,His72を含むヘリックスα4は安定したヘリックス構造をとる.ヘムの結合で誘導されたこのような構造変化がDNA結合ドメインへと伝播し,DNA結合に関与するヘリックス・ターン・ヘリックスモチーフの配向がずれてDNAとの親和性が消失すると考えられる.なお,ほ乳類から発見されているヘムセンサーではCysとProの2つアミノ酸配列からなるCPモチーフが知られている.36)2つのHis残基によるヘム鉄への配位は電子伝達タンパク質には多く見られるが,ヘムセンサーとしては初めて同定された認識様式である.ジフテリア菌や黄色ブドウ球菌からもヘムセンサータンパク質(ChrSA,HssSA)が発見されており,37),38)上述した乳酸菌と同じようにヘム排出トランスポーターやHOを発現させることで,過剰量のヘムが細胞内に蓄積することを防いでいる.ただし,乳酸菌のHrtRとは異なり,二成分情報伝達系による発現調節が行われている.これは,Hisキナーゼ活性をもつセンサータンパク質とレスポンス・レギュレーターという転写調節因子からなるシグナル伝達機構である.ヘムセンサー領域をもつChrSあるいはHssSは膜内在型のタンパク質であり,ヘムの結合はおそらく膜貫通領域あるいは細胞外領域にあると予測されているが,いずれも現時点では構造的な知見が得られていない.6.まとめ細胞外でヘムを奪取するヘモフォアや,ペリプラズムでヘムを輸送するPBPなどの可溶性のヘム輸送タンパク質に共通した機能的特徴は,ヘムに対する高い親和性と効率的に解離するメカニズムを両立させなくてはならないことである.そのための構造的な仕組みとして,まず軸配位子にHisやTyrを利用していることが挙げられる.これらの残基の近くにはArg,Lys,Hisといった残基が位置し,配位子のプロトン化状態を変化させることでヘムの親和性が制御されている場合が多い.また,ヘムを渡す相手のタンパク質と複合体を形成したときには,両者のコンフォメーション変化によってヘムの親和性を大きく変えると同時に,立体障害を使ってヘムが逆方向に戻らないようにしているのも鮮やかだ.ヘムトランスポーターの構造に見られた特徴として,ヘムの通り道に存在する残基のほとんどは,意外にも,カギとなる数個のアミノ酸を除いてバクテリア種間では保存性が高くなく,疎水性あるいは親水性といったアミノ酸のタイプは同じだが置換されている(=保存的置換).また,PBPのヘム結合ポケットについても,軸配位子以外のアミノ酸のほとんどが保存されていない.このような多様性は,効率の良いヘムの解離のためにはヘムとアミノ酸残基との相補性を高めて親和性を上げることよりも,コンフォメーション変化によるヘム親和性制御のしやすさが分子進化に影響してきたことを反映しているのかもしれない.7.おわりに本稿ではバクテリアにおけるヘムの捕捉,輸送,分解,感知といった一連の過程に関与するさまざまなタンパク質について,結晶構造解析から得られた知見を機能的特徴と関連付けながら研究動向を解説した.近年のこの分野の理解は各分子の機能の同定と構造解析が基盤となってかなりの進展があった.しかし,分子メカニズムの理解がまだ進んでいないタンパク質も数多くある.おそらく今後の構造解析の進展がブレイクスルーとなるタンパク質としては,2項でも述べたが,内膜のプロトン駆動力を外膜のヘムレセプターへと伝達するTonB-ExbB-6ExbD複合体)である.外膜のヘムレセプターHasRのC末端領域の配列に結合することでその動きを制御していることが知られている.このTonB依存的な超分子複合体は,鉄-シデロフォア錯体やビタミンB 12などの物質の輸送においても,それぞれの外膜のレセプターによる輸送を制御している.最近になりExbB-ExbDの構造が報告されたが,39)TonBを介した内膜から外膜へのエネルギーの伝達のメカニズムは未解明である.また,3項で述べたように,バクテリアではヘムの細胞内への膜輸送はATPの加水分解を駆動力とするABC型のトランスポーターが担っている.現状ではまだ輸送のメカニズムの一端が明らかになったに過ぎず,ヘムが輸送される際のヘムの解離や移動という動的なメカニズムについては興味深い.これらヘムの獲得と輸送に関与する一連のタンパク質は,タンパク質同士が複合体を形成して機能を発揮する.したがって,局所構造の変化とそれに連動して起こるタンパク質分子全体のコンフォメーション変化,そしてヘムの移動との関係についてさらに理解を深めるためには,各ステップや中間状態の情報について,「動的」な結晶解析ならびに分光法を利用したカイネティクス解析が必要である.そして,本稿では触れなかったが,生体でのヘムの動態を理解する上で脊椎動物におけるヘムの膜輸送や感知にかかわるタンパク質のファミリーはバクテリアとは大きく異なっており,それらの立体構造や機能メカニズムは構造生物学および創薬の観点からも興味深い.構造解析の難度は高いが,今後の進展に期待したい.最後に,本稿で紹介したヘムトランスポーター18)およびヘムセンサー35)の構造解析は,筆者が理化学研究所において直江洋一博士,分子科学研究所青野重利先生,兵庫県立大学澤井仁美先生,城宜嗣先生らと実施した共同研究の成果である.172日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)