ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4

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概要

日本結晶学会誌Vol59No4

日本結晶学会誌59,166-173(2017)総合報告バクテリアにおけるヘムの獲得と輸送の構造生物学理化学研究所放射光科学総合研究センター杉本宏Hiroshi SUGIMOTO: Structural Biology of the Bacterial Heme Acquisition andTransport SystemsIron is an essential element for almost all living organism as it serves as a catalytic center forredox and metabolic reactions in many enzymes. Bacterial pathogens have evolved the efficientsystems for the heme acquisition to survive in the host tissues and body fluids, because the hemeis a rich source of iron. Pathogens grab the heme from the host hemoproteins and import it intocytoplasm by using many proteins including hemophore and ATP hydrolysis-driven transporter. In thisreview, recent discoveries in the molecular mechanism of the heme acquisition, membrane transport,degradation and sensing of the heme, with particular emphasis on the recognition of the heme and thedynamics of protein conformation from structural viewpoint.1.はじめに生体内では数多くのタンパク質が鉄イオンを活性中心に利用しており,生理活性物質の生合成や代謝・エネルギー変換などに関与する.したがって,哺乳動物や植物,微生物にいたるほぼすべての生物で鉄は必須な栄養素である.感染性のあるバクテリアが増殖するには,宿主(ヒト)の体内に多量に含まれる赤血球のヘモグロビンのようなヘムタンパク質からヘムを奪い取って鉄を補給することが欠かせない.したがって,病原菌のヘム獲得戦略に関する研究は,感染症の予防や治療法の確立に深く関与しており,ワクチンや抗体などの医薬品開発のターゲットとなっている.1)-3)図1に病原性バクテリア(グラム陰性菌)におけるヘムの獲得システムの例を模式的に示した.ATP駆動型のヘムトランスポーターやヘム分解酵素のように,高等生物でも類似した機能と構造をもったタンパク質が働いている場合もあるが,バクテリアは細胞構造や生存環境に応じて多様な戦略をもっている.構造生物学的に興味がもたれるのは,ヘムの輸送や感知という機能を担うタンパク質によるヘムの認識は過渡的な結合を可能にするものであり,ヘムを補欠因子とするヘムタンパク質における特異性とは大きく異なる独自の構造を有していることである.本稿ではバクテリアがヘムを獲得・輸送・感知・分解に関与する際には種々のタンパク質がどのようなメカニズムで機能しているのかを概観し,構造生物学の観点から本分野の将来を展望する.なお,ヘムはポルフィリンの鉄錯体の慣用名であり,ヘムには多くの種類が存在するが,本稿では生体内に存在する最も代表的なヘムb(図1)を指す.図1病原菌(グラム陰性菌)におけるヘム獲得システム.(The heme transport system in Gram-negative bacteria.)ヘモフォアがヘモグロビンから奪ったヘムが外膜のヘムレセプターに渡され,ペリプラズムヘム結合タンパク質(PBP)に移り,トランスポーターが細胞内への膜輸送を担う.細胞内の結合タンパク質(CBP)を経てヘム分解酵素によって鉄が取り出される.166日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)