ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4

ページ
17/72

このページは 日本結晶学会誌Vol59No4 の電子ブックに掲載されている17ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol59No4

日本結晶学会誌59,147-148(2017)最近の研究動向膜タンパク質の構造決定を加速化する技術の動向大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻溝端栄一Eiichi MIZOHATA: Trends in Methods for Accelerating Structure Determination ofMembrane Proteins1.高難度な解析標的としての膜タンパク質膜タンパク質は,創薬ターゲットとして重要で,また,その立体構造の解明は水溶性タンパク質に比べて大きく遅れているため,膜タンパク質の構造解析は注目を集める研究領域となっている.構造解明が遅れている理由は,安定な精製タンパク質や回折能の優れた結晶の調製が困難であることに加え,X線回折データから電子密度を描くために必須である位相情報の実験的な取得が難しいことが挙げられる.実験的位相決定法には,重原子同型置換法(SIRやMIR),異常散乱法(SADやMAD),それらを組み合わせたSIRASやMIRASがある.同型置換法はネイティブ結晶と重原子標識した誘導体結晶の反射強度の違いを,異常散乱法ではバイフット対の反射の強度差を利用して位相決定するが,いずれも微小な強度差の正確な測定が必要である.しかし,膜タンパク質では,セレノメチオニン標識した組換えタンパク質の発現に手間とコストがかかるし,すでにあるネイティブ結晶に重原子を浸潤させても,重原子が膜タンパク質に結合しなかったり,結晶性が容易に崩れて回折能が損なわれてしまう問題があった.2.シリアルフェムト秒結晶構造解析法(SFX)近年,X線自由電子レーザー(XFEL)技術の登場で,その状況に大きな変化がもたらされた.わが国では2011年にXFEL施設SACLAが建設された.SACLAは,毎秒30発でXFELのパルスを発振し,1発のパルスの持続時間はわずか2~10フェムト秒の幅にある.XFELの特性を利用して数千から数十万個の微結晶(1~数十ミクロンのサイズ)からタンパク質構造を解明するX線結晶構造解析の新しい手法がSFXである.1)SFXでは,インジェクターから常温下で吐出させた微結晶を含む流体に対し,XFELを連続的に照射する.微結晶にパルス光が当たると結晶は崩壊してしまうが,回折像は崩壊過程が起こる前の段階で記録されるので,放射線損傷(X線光還元を含む)のない状態で構造解析ができる.また,従来法ではデータ測定時の極低温(-180℃)への結晶凍結日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)が引き起こすタンパク質構造の歪みが問題となっていたが,SFXでは常温測定により,生理条件に近い構造が得られる.3.SFXによる実験的位相決定法の確立筆者は2012年度から5年間,SACLAでSFXの技術開発に携わって来た(文科省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題「創薬ターゲットタンパク質の迅速構造解析法の開発(研究代表者:岩田想)」).プロジェクトに参画した当初,国際誌に報告されるSFX構造は,既知構造をモデルに分子置換法で解かれたものだけであった.SFXデータは従来の振動法のそれと異なり,回折強度の観測値のばらつきが大きく,位相が決まりにくいためである.SFXが構造未知のタンパク質に幅広く適用されるには,分子置換法によらない実験的位相決定法の確立が不可欠であった.最初筆者は,ミオグロビンのデータを収集して,ヘム鉄原子についてのFe-SADでの位相決定を試みたが,Feの異常散乱差マップは描けるものの,一向に位相が決まらない状況に困惑し,SFXでの実験的位相決定は現実的でないのかもしれないと思ったこともある.しかし,2014年に米国のXFEL施設から,リゾチームの構造をGd-SADで決定した論文が報告された.2)その後,SACLAでも,水銀で標識したタンパク質のHg-SIR3とSIRASでの位相決定の有効性の実証)や,リゾチーム内部の硫黄原子によるS-SAD,4)そして,筆者がリードした銅含有亜硝酸還元酵素のCu-SAD 5)といった難しい事例の位相決定も立て続けに成功した.だが,これらはいずれも水溶性タンパク質での成果であった.筆者のグループは,まだ実証例のなかったSFXを用いた膜タンパク質の実験的位相決定の課題に取り組み,効率的に膜タンパク質を標識して構造決定を行う技術の開発に成功した(図1)(国際特許PCT/JP2017/007540).6)位相情報のシグナルを強めるアプローチとして,ヨウ素を3つ含む重原子試薬I3Cにカプリル酸をアミド結合させ,界面活性剤としての性質を有する新しい重原子誘導体HAD13aを合成した.これをバイセル中で得られたバクテリオロドプシン(bR)微結晶と常温で混合するだ147