ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No4
- ページ
- 10/72
このページは 日本結晶学会誌Vol59No4 の電子ブックに掲載されている10ページの概要です。
10秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。
このページは 日本結晶学会誌Vol59No4 の電子ブックに掲載されている10ページの概要です。
10秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。
日本結晶学会誌Vol59No4
大場茂表1フラック変数に関する主な論文とその概要.(Representative papers on the Flack parameter and their summaries.)論文概要その時点で最善と考えられた変数xの導出法Flack(1983)9)フラック変数xを提案し,プログラムシステムX-RAY76に組み込んだほかの構造パラBernardinelli & Flack(1985)3)20種類の化合物に変数xを適用して有用性を示したFlack & Bernardinelli(2000)10)xおよびσ(x)の解釈についての実用的な指針を提示したFlack & Shmueli(2007)11)フリーデル対の強度差がどの程度になるか,化学式とX線源から事前に見積もる方法を開発したFlack, Sadki, et al.(2011)13)xの古典的解析法では,フリーデル対の強度差Dがうまく反映されていないことが判明したParsons, Flack & Wagner(2013)14)軽原子だけからなるキラルな化合物23種類の結晶についてCu Kαで測定したデータを基に,フリーデル対の強度差D(あるいはその平均Aに対する商D/A)からxを解析する方法を示したFlack(2013)15)2011年1月からの約2年間でActa Cryst. Cに報告された(対称心のない)構造139種類について,絶対構造の決定の妥当性を検討したFlack(2014)16)絶対構造の決定法に関する総説(完結版)Cooper, Watkin & Flack(2016)17)解析ソフトCRYSTALSを用いてxをフリーデル対の強度差Dから求め,その結果を検証する方法を示したメータとともに最小二乗法でxを求める(いわゆる古典的解析法)実際に反転双晶である場合を除き,構造精密化とは切り離してフリーデル対の差Dあるいは商D/Aを基にxを求めるるが,フラック変数の古典的な解析法ではそれが十分に反映されていないことがD obs対D calcのプロットから明らかとなった. 13)それを解決する方法として,フリーデル対の強度差D(あるいはその平均Aに対する商D/A)から直接フラック変数を求める方法が開発された. 14)そして,フラック変数は原子座標などほかの構造パラメータとの相関が小さいことから,実際に反転双晶である場合を除いて,構造精密化とは切り離して決定しても妥当な結果が得られることがわかり,現在は(そしておそらく今後しばらくは)この方法が絶対構造の正しい決定法とされている. 16),17)なお,フラック変数が有意に0より大きい,すなわち3σ(x)<x≦0.5のときは反転双晶と推定されるため,構造精密化の段階で(SHELXLのBASFとTWINコマンドを用いて)フラック変数を解析に含める必要がある.1.3疑似対称心のある構造空間群の導出の実験的な決め手はラウエ群と消滅則である.ところが,消滅則から一義的に空間群が決まるとは限らず,場合により2~3種類の可能性にしぼられる.そして,それらの空間群には相互関係が存在し,その中で一番対称性の高い(対称心のある)空間群に対して,ほかの空間群はその部分群である.そして,構造解析は空間群の対称性を下げても見掛け上正常に行うことができるという特徴がある.このため,空間群間違いが過去に多発した.特に対称心の有無は消滅則に反映しないため,P1をP1としたり,C2/cをCcとするような誤りが生じた.そのような際にフリーデル対の測定の完全度が高ければ,フラック変数は対称心の有無の判定に役立つ.もちろん,空間群間違いはcheckCIFで調べることもできる.ただし,その結果が必ずしも正しいとは限らない(表2).キラルな結晶構造で疑似的に対称心があってもフラック変数が正しく精密化できることをFlackはフリーデル対の測定完全度が高い32件の例をもとに明らかにした. 18)その中に,表2疑似的な対称心をもつキラルな構造の例. 18)(Examplesof pseudo-centrosymmetric chiral structures.)化合物(REFCODE)PLATONで対称心ありとしてのFITフラック変数Co錯体(HUFQUU)96%0.04(2)Pt錯体(OCARAL)100%-0.006(12)筆者(大場)が発表したデータも含まれていた(表2,Co錯体).そして,重原子も含めて大部分の配列が近似的に対称心をもち,軽原子の一部だけが不斉であるときに,なぜフラック変数が有効に働くのか,という疑問に対してFlackは数式を立てて理論的に考察している.端的にいうと,共鳴散乱の強い原子の寄与だけでなく,共鳴散乱の弱い原子の寄与との対比も重要ということである.1.4キラルな形からなるアキラルな構造「キラルな一方の対掌体だけでアキラルな結晶構造は本当に作れないのか?」という問いをFlackは深く考察した.これは,実は対称性の観点だけからいうと可能である.そこで登場するのがりんごの不斉切りである(図1の写真で彼が手にもっている).りんごはアキラルな形であるが,それをキラルな同じ形に2分割できる(ちなみにこれはフランスの家庭に伝わるLa Coupe du Roiという隠し芸である).それを再び組み合わせてりんごにし,それを立方最密充填させるとアキラルな結晶構造ができる.つまり,このようなことは物理的にも化学的にも不可能であるが,対称性の観点からいうと可能ということができる.6)この件に関して筆者はFlackとたまたまメールで議論する機会があった.その際に「キラルな分子であっても構造が乱れているとその平均構造は対称心をもち得る」という私のコメントに対して非常に感心し7てくれた.それが私信として論文)に紹介されている.このことからも,彼の律儀さがうかがえる.なお,ディスオーダーは実は彼の博士論文のテーマであった.1)140日本結晶学会誌第59巻第4号(2017)