ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No1

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概要

日本結晶学会誌Vol59No1

日本結晶学会誌59,2-5(2017)特集SACLAXFELの概要とSACLAの特徴理化学研究所放射光科学総合研究センター矢橋牧名Makina YABASHI: Overview of XFEL and SACLAAn overview of XFEL and SACLA is presented. Typical experimental methods for XFEL sourcesare introduced. Following a historical review, unique features of SACLA and future perspectives aresummarized.1.はじめにX線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser:XFEL)は,今世紀になって実用化された新しいX線光源である.米国LCLS(Linac Coherent Light Source)に続き,2012年には,日本のXFEL施設SACLA(SPring-8Angstrom Compact free-electron LAser)1),2)がユーザーファシリティとしての運用を開始し,本特集号で紹介されるように目覚ましい利用成果が報告されるようになった.一連の急激な発展は,近年の光科学技術史のうえでも特筆すべき成果と言えよう.XFELは非常にユニークな特徴をもつが,とりわけ従来のX線光源との顕著な違いの1つは,そのパルス性にある.XFEL光源は,増幅作用により,単一パルス内に膨大なX線光子を生成する.しかも,パルス幅はフェムト秒オーダーと極端に短く,高い空間コヒーレンスも有する.このような超高輝度XFELパルスは,X線管や放射光といった従来のCW的(もしくは擬CW的)なX線光源とはまったく異なる実験デザインを可能とし,新しいサイエンスの開拓を牽引している.拙稿では,本号中の各記事の紹介を兼ねながら,XFELの概要とSACLAの特徴について簡潔にまとめてみたい.2章では,XFELの典型的な使い方について紹介する.3章では,XFELの歴史とSACLAのあゆみを概観する.SACLAのユニークな特徴を紹介した後,今後の展望を述べる.2.どのように使うのかXFELのユニークな光特性を十二分に活用するために,使う側においても新たな概念の導入と手法の開発が行われてきた.ここでは,その典型例を紹介したい.最も基本的な概念の1つが,「diffraction-before-destruction(破壊前の回折計測)」である.3),4)強度の高いXFELを試料に照射すると,激しい電離過程を経て試料内の原子は変位し,ついにはクーロン爆発によって試料は破壊されてしまう.しかし,XFELのフェムト秒のパルス幅は,照射後に原子が動き始める時間(サブピコ秒からピコ秒のオーダー)より十分短いため,試料の分子構造が変化する前のオリジナルの情報を,回折・散乱・分光などのX線分析手法によって取得することが可能となる.例えば,生体高分子の結晶構造解析において,放射光を含む従来のCW光源では,長時間のX線照射が引き起こす試料の化学的な損傷が問題となっていた.これを抑制するために,試料を低温に冷却するという方法が適用されてきたが,損傷の影響を完全に回避することは不可能であった.これに対し,岡山大学の沈建仁教授らは,SACLAを利用して,光合成の鍵を握る光化学系タンパク質の無損傷の分子構造を決定することに成功した.5)また,XFELによって,試料がおかれた環境(温度・湿度・pHなど)を自在に制御しながら精密構造解析を行うことも可能となった.さらに,入射X線の光子密度を高めていくことにより,ナノ結晶,二次元結晶や単粒子といった微小な試料に対しても,CW光源の限界を超えた空間分解能を達成することができる.生きた細胞のコヒーレント回折イメージング6)について,西野吉則氏らの記事を参照されたい.また,XFELの極短パルス特性を活かすと,フェムト秒の時間分解能で分子構造や電子状態の変化を追いかける,いわゆる「molecular movie(分子動画)」の撮影が可能となる.4)具体的には,系に刺激(ポンプ)を与え,一定の時間間隔(ディレイ)をおいてXFELによって状態をプローブするという,ポンプ・プローブ法が用いられる.この技法は,すでにフェムト秒光学レーザーの利用研究において広く用いられてきたが,ポンプとして光学レーザー,プローブとしてXFELパルスを用いることにより,オングストロームの空間分解能とフェムト秒の時間分解能の両立が初めて実現された.光がトリガーになって引き起こす超高速の化学反応や物性変化の起源に迫ることができると期待されている.本特集号には,膜タンパク質, 7)光触媒8)などへの応用例が南後恵理子氏,上村洋平氏,福澤宏宣氏らによってまとめられている.2日本結晶学会誌第59巻第1号(2017)