ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No1

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概要

日本結晶学会誌Vol59No1

SACLAによる光触媒の超高速時間分解XAFS研究導帯,あるいは価電子帯とプロトン,あるいは水の酸化還元電位との関係の調節が容易になり,物質選択の幅が増す.Zスキーム型可視光応答水分解触媒としては,1段目にはWO 3などが,2段目にはTaONなどが用いられる.4)われわれは1段目のWO 3の光吸収とそれに伴うWの局所構造変化に注目した.光触媒反応は先に述べたとおり,一般にバンド理論で理解される.一方,触媒設計をする上で重要な光吸収を起こす金属の構造や電子状態の局所的な変化を知る必要があるが,研究例は多くない.XAFS(X-ray absorption fine structure:X線吸収微細構造)はX線吸収に伴い放出される光電子が周りの原子により散乱され,干渉した結果生じる微細構造であり,その局所電子状態や構造に敏感である.このXAFS法をWO 3の光吸収過程に適用した.特に,X線自由電子レーザ(XFEL)SACLAを使い,500 fsの時間分解能で,光吸収に伴う電子状態変化と構造変化を捉えた.WO 3の場合には,酸素の2p軌道からなる価電子帯の電子を励起し,W金属の5d軌道からなる伝導帯に電子が上がるバンド間遷移が起こる.われわれは,WL 3吸収端を用いて,この電子遷移を観測した.WL 3吸収端の場合には,吸収端の直上に,鋭いホワイトラインと呼ばれるピークを与える.これは,Wの2p軌道が5d空軌道に励起されて,生じるものであり,双極子許容であるため強く現れる.2011年6月7日にX線の発振に成功したSACLAで,ビームタイムをいただき2012年12月に実験を行った.2.Pump-Probe Dispersive XAFS最初のSACLAの実験では,立ち上がったばかりのDispersive XAFS法を用いた.SACLAは,いわゆるSASE(Self-amplified spontaneous emission)型のXFELである.このため,放射されるX線の発振周波数(エネルギー)は,パルスごとにランダムであり,ゆらぐ.すなわちモノクロメータが分光するエネルギーと等しいエネルギーの光子がやってくるとは限らない.そのため,単色光に分光するよりも広い領域を同時に観測し,エネルギーごとに異なる経路を作り出すポリクロメータを用いて,一気に測定するDXAFSが有利である.5),6)この特徴に注目し,理研とJASRIの矢橋牧名博士,片山哲夫博士らは,XFEL用のDXAFSを開発し,7)0.5 MのFe錯体溶液の250 fsの光過渡応答XAFS測定に成功していた.8)PumpレーザおよびXFELによるダメージが懸念されたので,粉末をそのまま測定するのではなく,WO 3(サイズ経は200 nm以下)を水に懸濁させ30 mMとし,水流Pumpで直径500μmの水流として,光路上に流し込んだ.このときのedge jumpは0.03と見積もられた.しかしながら,1十分なedge jumpがとれなかったこと,2ショットごとにI0(入射強度)とI(透過強度)との間に日本結晶学会誌第59巻第1号(2017)直接の比例関係がないこと,3波長400 nmの吸光・散乱が大きいため,励起光がX線の光路上に存在するすべてのWO 3に到達できず,それらを十分に励起することができなかったことの3つが原因で,XAFSの光吸収に伴う変化を観測できなかった.そこで,実験条件を再検討するため,時間分解能は若干劣るもののX線によるPump-Probe XAFSを常時測定できるPF-ARで実験を行った.3.放射光を用いたPump-Probe XAFSPF-ARは794 kHz(1.3μs間隔)常時シングルバンチ運転をしている唯一の放射光施設である.その中のNW14Aには,アンジュレータから出る100 psのパルス幅のビームを使い,X線のPump-Probe実験が盛んに行われている.このビームラインは東工大の腰原伸也教授がJSTのERATOの資金で建設され,PFの足立伸一教授,野澤俊介准教授らが高速時間分解ビームラインとして整備したものである.9)-13)PF-ARでは,高感度で測定できる蛍光XAFS法で測定を行った.そのセットアップを図2に示す.SACLAと同様にWO 3懸濁液をノズルから水流として流し出す.レーザはTi-Sapphireを用いた.その出力および波長は,それぞれ200 mJcm-2,400 nmであった.X線のパルス幅より十分に小さい1 psのパルス幅とした.また,繰り返しは945 Hzと放射光パルスよりかなり遅い.蛍光XAFS信号を検出する蛍光X線検出器(X-raydetector)としてプラスチックシンチレータを用いて,その前にCu filterおよびソーラスリットを置き,散乱X線を除去した.Pump光の照射前後を交互に測定した.すなわち,一続きの2個のX線パルスのうち,1個X線パルスは,Pumpレーザパルスより一定の時間遅れをもってサンプルに照射する.もう1個のX線パルスは,Pumpレーザを照射する前に,サンプルに照射する.それぞれから発生する蛍光X線を測定する.最初にSACLAで使用したときと同じ濃度(30 mM)で測定したが,まったく変化を観測することができなかっCu filter X-ray detectorTi-Sapphier Laser PulseWO 3suspensionX-raypulse図2 PF-ARNW10Aにおける実験配置.(Experimentalsetup in NW14A of PF-AR.)(赤い)パルスはTi-SapphireレーザによるPump光であり,(青い)パルス列は放射光によるProbeである.編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.25