ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No4

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概要

日本結晶学会誌Vol58No4

会報受賞理由日本結晶学会西川賞「放射光X線結晶構造解析による光合成・光化学系IIの水分解・酸素発生機構の解明」神谷信夫会員・沈建仁氏植物などの生物が光エネルギーを吸収し,水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を作る光合成は,生物界にとって必須の機能として知られている.光合成の一連の反応の初期過程に水を分解して酸素を発生させる反応があり,その酸素を使って動物を始めとする多くの生物は呼吸を行い,生命活動を維持している.その酸素発生を担っているのは,巨大な膜タンパク質複合体,光化学系II(PSII)である.その働きの重要性とタンパク質調製の困難さから,構造生物学における最も重要で挑戦的な研究対象の1つとされて来た.この課題に,神谷信夫会員と沈建仁氏は取り組み,高分解能でPSIIの全構造と水の分解反応を担うMn 4CaO 5クラスターの構造を明らかにした.沈建仁氏は大学院時代(1986~1990)にPSIIの精製と生化学研究を開始して以来,今日まで一貫してPSIIの構造・機能の研究を行ってきた.そうした研究を行う誰もが辿ることであるが,研究対象のタンパク質の結晶化に神谷会員との共同研究として取り組んだ.しかし,PSIIは膜タンパク質複合体であり,可変性に富んだタンパク質ゆえの困難さに遭遇したが,両氏は精製・結晶化と回折実験を繰り返して結晶の質の改善を進めた.さまざまな困難を生物種,培養条件,精製法検討を繰り返して結晶の高分解能化を図った.2000年に結晶構造解析が可能な結晶を得て,神谷信夫会員との共著で論文発表をした.その後,2003年に3.7 A分解能で多くのタンパク質構造と金属中心の位置を決定した.この分解能でここまで構造決定できたのは,神谷会員の結晶構造解析の力に負うところが大きい.その後,外国の2グループはさらに高い3.5 Aと2.9 A分解能で構造決定に成功した.しかし,それでも酸素発生に最も重要なMn 4Caクラスターをはじめ,酸素発生機構の解明を行う上で不可欠な構造が不明のまま残されていた.しかし,いずれのグループも結晶の質の改善には至らず,光によって駆動されるタンパク質ゆえに構造が不安定であり,結晶の高分解能化は不可能であるとも思われた.そうした中で,両氏は緊密に連携して,PSIIの精製過程での再結晶化法の導入,結晶の脱水処理,X線照射位置の移動,100 K・暗条件下でのS1状態に固定した回折実験によって1.9 A分解能の回折データ収集に成功した.得られた回折データに基づいた構造解析によって,初めてPSIIの全構造とMn 4CaO 5クラスターやその周辺の配位子の構造,水の位置を確定した.Mn 4CaO 5クラスターについては厳密な電子密度の検討によってMnとCaの区別を行い,温度因子や解析精度を考慮した統計処理によって結合距離を評価して5個の酸素のうちの1つが水酸化物イオンと同定した.Mn 4CaO 5クラスターからPSII外部へのプロトン移動経路と考えられる水素結合ネットワークも見つけた.こうして明らかにされたMn 4CaO 5クラスターをはじめとする構造によって,生化学研究のみならず分光学的研究,理論計算などによる水分解・酸素発生機構の解明が急速に進んでいる.この構造は,基礎研究のみならず人工光合成を目指す研究もおおいに加速している.1.9 A分解能の構造を発表した論文の引用件数は約1700回に達しており,3.7 A分解能の論文と合わせると約2800回でその波及効果の大きいことを示している.また,Science誌による“BREAKTHROUGH OF THE YEAR 2011”として,2011年における科学の10大発見の1つにも選ばれたことからも学術性の高さ,国際的評価の高さを伺うことができる.こうした我が国の結晶学が誇ることのできる成果は,日本結晶学会賞西川賞に相応しいものである.本成果は,神谷信夫会員と沈建仁氏との緊密な連携によって達成できたものであり,両者の共同授賞が妥当である.日本結晶学会学術賞「放射光粉末結晶構造解析法を用いた多孔性配位高分子のガス吸着現象の構造科学的解明」久保田佳基会員久保田佳基会員は,水素ガス貯蔵問題を解決する手段として注目され,またアセチレンなどの小分子の分離・精製や貯蔵などへの幅広い応用が期待される多孔性配位高分子の開発研究において,一連の多孔性配位高分子の細孔中に吸着して秩序配列した小分子の結晶構造を,高輝度放射光と大型デバイシェラーカメラを用いた精密な粉末X線回折法を用いて見事に決定し,多孔性配位高分子における小分子の吸着現象の構造科学的な解明を推進した.また,大型放射光施設SPring-8において最適な条件で粉末X線構造解析を実現するため,試料まわりのガス圧や温度を制御するその場観察法を積極的に導入し,多孔性配位高分子中の細孔壁に弱く結合した水素分子などの散乱能が小さくX線構造解析が困難な原子位置を明確に決定することに成功した.多孔性配位高分子は,共同研究者の北川進教授(京都大学)らにより先導的に研究・開発されてきた金属イオンと有機配位子の多様な組み合わせで化学合成される柔軟で機能性に富む細孔構造をもつ高分子結晶である.多孔性配位高分子は,温和な条件で容易に合成され,細孔の大きさや形を自由に設計して作製できるという特徴をもつため,ゼオライトなどに代わる多孔性機能材料としてガスの貯蔵や分離・精製,反応空間などに幅広い応用が期待され,新しい研究分野として世界的に注目され発展している.しかしながら,久保田会員の研究成果が報告204日本結晶学会誌第58巻第4号(2016)