ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No4

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概要

日本結晶学会誌Vol58No4

Mn(II)イオンの結合によって誘起される結晶相ADPリボース加水分解酵素反応の観察図8ADPR加水分解のその場観察に基づいて提案されたADPRaseの反応機構モデルおよび各化学種の結晶構造中での立体的な位置関係.(Proposed mechanism of ADPRase and spatial arrangements of chemical species in the activesite.)黄色の化学式およびモデルはNudixモチーフに保存されたアミノ酸残基.Wnは求核性水分子.編集部注:カラーの図はオンライン版を参照下さい.はW3との水素結合によってM2錯体を安定化しており,求核性水分子のサイトを挟んでα-リン酸と対極の位置にある(図7).求核性水分子の解離過程はADPRase反応の律速段階であり,高い反応効率を実現するにはプロトンと水酸化物イオンの再結合を防ぐ何らかの工夫が必要になる.Glu85と求核性水分子とα-リン酸の位置関係は示唆的であり,Glu85が直接プロトンを引き抜くのか,もしくはGlu82が引き抜いたプロトンをバルク領域へと廃棄するために手助けするのかは定かではないが,いずれにしてもGlu85は何らかの形で求核性水分子の活性化およびプロトン排出に関与していると示唆される.以上のことから,Glu82とGlu85がGlu86に加えてNudixモチーフに組み込まれた第二の最重要な仕掛けだと考えられる.4.3従来のADPRase研究との相違点本研究により,ADPRase反応には全部で2つの金属イオン(M1とM2)が連続的に関与していることが明らかとなったが,これまでの基質類似阻害剤AMPCPRを用いた構造研究では3つの金属イオンが関与すると提唱されてきた.3,4)われわれの構造解析結果に見られたM1とM2と同様の位置で似通った配位構造をとる2つの金属イオンに加え,もう1つの金属イオン(M3)が求核性水分子を挟み込む形でM2と協同的に働くとされていた.しかしながら今回の研究においてM3に対応するピークは一連の反応を通して観察されなかった.また,Nudixモチーフの外側にあるフレキシブルループのGlu残基が活性部位に入り込んできて一般塩基として働くという提案もなされていたが,3,4)今回の構造解析ではフレキシブルループの固定化は確認されなかった.基質類似阻害剤を用いた静的な構造解析の結果は,本来刻一刻と様相を変える動的な酵素の反応場を反映していないのかも日本結晶学会誌第58巻第4号(2016)しれない.本研究により,Glu86とGlu82は金属イオンの配位サイトを形成し,Glu82のプロトン化状態を変えることで反応場における電荷のバランスを整えることが明らかになった.このようなGlu86とGlu82の金属イオン結合サイトとしての重要性は以前から指摘されており,4,5)これらの点変異体の活性は野生型に比べて著しく低いことがわかっていた.しかしながら活性測定研究では一般塩基の正体にまで切り込むことはできておらず,Glu85は保存されていながら,その役割についてはまったく議論されてこなかった.本研究により初めて,Glu82とGlu85による求核性水分子の活性化とプロトン排出への関与が示唆されることとなった.5.ADPRaseが実現しているさまざまな触媒効果と反応機構結晶相反応が進行している「その場」の構造をクライオトラップ法により固定し,得られた構造を時間軸上で並べて比較することによって,従来の静的な構造解析では見出されていなかったADPRaseの酵素としての動的で詳細な機序が明らかとなり,さまざまな触媒効果が複合的に組み合わされていることがわかった.最終的に,生成物R5Pに対するプロトン供給すなわち一般酸触媒を含めて,ADPRaseのすべてのプロトン収支と電荷収支を満足させる化学反応機構を図8のように提唱するに至った.9)6.おわりに結晶相反応が進行している状態をクライオトラップ法によって固定し,高分解能の構造情報を取得することにより,酵素反応のその場観察に成功した.時間軸に沿って空間情報を並べることにより,阻害剤や変異体の利用191