ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No4

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概要

日本結晶学会誌Vol58No4

古池美彦,宮原郁子,神谷信夫図7ESMM状態におけるM2周辺の構造.(M2 bindingsite and its surrounding structure in ESMM state.)MnCl 2ソーキング時間20分においてM2の配位子としてGlu82,W3,およびα-リン酸が観測され,求核性水分子が空いた配位子サイト(ほぼ中央のシアンのボール)を埋めると考えられる.配位結合および水素結合距離はA単位.編集部注:カラーの図はオンライン版を参照下さい.ング時間が20分のデータではADPR*の占有率は0.7であったのでE状態は結晶中で30%の画分を占めていた.疎水性領域に押し込まれたままのGlu82の側鎖の占有率は0.25であったため,ESM状態の存在比は25%となる.親水性領域にむき出しのGlu82の側鎖の占有率0.75のうちE状態の寄与である0.3を差し引いた0.45はESMM状態に帰属され,ESMM状態の存在比は45%程度であることがわかった(図4).ここで明瞭に確認することができたM2の配位子はα-リン酸の酸素原子,親水性領域に引き戻されたGlu82のカルボキシル基,そしてGlu85と水素結合を形成した水分子(W3)の3つであった(図7).3.5 Mn 2+イオンソーキング30~50分における構造と結晶相反応の終了ソーキング時間が30分以降になると,基質ADPRに対応する電子密度が完全に消失し,活性部位内の様子はE状態と同一な状況となった.ADPRが実際に加水分解されたのち,生成物のAMPとR5PおよびMn 2+イオンが酵素外部に放出され,ADPRase反応サイクルが一回まわった状態であると考えられたので,これをE’状態とした.E’状態はソーキング時間10~20分のデータにおいても混在していたであろうが,E’状態は原初からのE状態と区別ができないので,その存在比はE状態とE’状態の合計として見積もった(図4).4.考察4.11つめのMn 2+イオン(M1)とGlu86のプロトン化状態E,ES,ESM,ESMM,E’状態の存在比(図4)を時間軸上で見ていくと,ESM状態の過渡的な出現に続いてESMM状態が現れることからADPR*構造は反応の必要条件を満たす重要な前駆体であることがわかる.ADPR*構造ではα-リン酸とβ-リン酸に含まれる酸素原子間の距離が近くなり,不安定な構造的歪みが蓄積されている(図6).基質の開裂部位にあえて,後に解放されるべき不安定性をもたせることで反応がスムーズになるという拷問台機構が連想される.M1と配位する前のE状態では,Glu86は対面するAla66の主鎖と2本の水素結合を形成しており,そのうちの1本はAla66のカルボニル基との水素結合であったため,Glu86はプロトン化していたと推定される.一方ESM状態では,Glu86は脱プロトン化して負電荷を帯び,正電荷をもつM1との静電的な相互作用により安定化されている.Glu86はM1への配位を通してADPR*の安定化に寄与すると考えられ,これがNudixモチーフに実装された第一の重要な仕掛けであろう.4.2 2つめのMn 2+イオン(M2)の配位圏における水分子の活性化と一般塩基ESMM状態がその後E’状態へと変化していく事実を踏まえると,ESMM状態こそが,水分子からプロトンが引き抜かれて生成した水酸化物イオンがα-リン原子を求核攻撃して二リン酸結合を開裂させるステップであると考えられる.上述のα-リン酸の酸素原子,Glu82のカルボキシル基,W3という3つの配位子の位置関係は,M2がさらに2~3個の水分子を動的に配位させて六配位八面体もしくは五配位三方両錘の錯体構造をとることを予想させる.いずれの錯体構造をとったとしても,興味深いことに,1個の水分子は加水分解されるリン-酸素結合に対してインラインの配置になる(図7中ほぼ中央のシアンのボール).さて,M2の配位圏内で求核性水分子が分極して活性化され反応が進行するならば,最終的にプロトンを引き抜く一般塩基の正体は一体何であろうか.M2近傍で負電荷を有する化学種を探索すると,2つのGlu残基が候補として挙がった.1つはGlu82そのもので,求核性水分子のサイトに最も近く,水素結合距離にある.Glu82はESM状態では疎水性領域にあってプロトン化しており,ESMM状態ではM2と静電的な相互作用を形成している様子から,親水性領域への引き戻しの際に脱プロトン化したと考えられる.ここで反応場における電荷の収支を調べると,ADPRの二リン酸の負電荷(-2),M1の正電荷(+2),Glu86の負電荷(-1),M2の正電荷(+2)の合計では正味+1の電荷が余る.ESMM状態で脱プロトン化し負電荷を帯びてM2に配位したGlu82は,余剰の正電荷と相殺して電荷のバランスを整えるとともに,求核性水分子からプロトンを引き抜く一般塩基として働く可能性がある.もう1つの一般塩基の候補はGlu85である.Glu85はNudixモチーフに保存されていながら,その役割についてはまったくわかっていなかった.このGlu85190日本結晶学会誌第58巻第4号(2016)