ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No4

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概要

日本結晶学会誌Vol58No4

古池美彦,宮原郁子,神谷信夫加水分解が50分で完全に終了することを予備的な構造解析によって確認した(図1C図中のE,ES,ESM,ESMM,E’については後述).ADPRaseの結晶のように大きさが1 mm以下で薄い板状であればMn 2+イオンのソーキングに要する時間は1分程度以内と期待され,これは全反応時間50分に対して十分に小さい.したがって,この条件ではMn 2+イオンの拡散の不均一性による結晶の内部と表面付近とで予想される反応開始時のズレは無視できると考えられる.2.3データ処理こうして調製した11個の結晶をSPring-8に持ち込み,BL38B1およびBL44XUにてX線回折強度データを収集した.積分強度の計算にはHKL2000を用いた.Molrepによる分子置換で反射に位相をつけ,Refmac5で精密化を進め,構造のモデリング,修正にはcootを用いた.最高ロステリーな活性調節機構の有無は議論していない.3.2 ADPRの結合による構造変化とES状態の同定結晶化後にいかなる処理も施さずにデータを収集したアポ状態のTtADPRase結晶(E状態)の活性部位には結晶化剤のグリセロールと硫酸イオン,多数の水分子が観察されたが,ADPRをソーキングしたデータではこれらに替わってADPRが捕捉されている様子が確認された(図2).ADPRは占有率0.7~0.8で同定され,残った正の|Fo|-|Fc|差フーリエマップのピークには水分子を占有率0.2~0.3で同定することで過不足なくモデルを構築することができた(図3).このことから,ADPRをソーキングした結晶中には,70~80%のTtADPRase-ADPR二元複合体(ES状態)と,ADPRと結合していないE状態のままのTtADPRaseが20~30%混在していることがわ分解能での精密化ではSHELXLを用いて最終的にはR free計算のためにストアしておいた反射も含めて精密化し,11個すべての結晶についてモデル構築に成功した(表1).3.結果3.1分解能の向上5従来報告されていたTtADPRase結晶構造)の分解能は最高で1.5 Aであったが,新しい結晶化条件で析出したアポ状態のTtADPRase結晶は最高で0.91 A分解能に到達し,Mn 2+イオンをソーキングした反応中間体結晶でも1.22 A以上の高分解能を維持していた(表1).分解能の向上により温度因子の小さい主鎖や疎水性のアミノ酸残基の側鎖においては正の|Fo|-|Fc|差フーリエマップのピークとして水素原子が確認された.しかしながらGlu残基側鎖のカルボキシル基やArg残基側鎖のグアニジウム基といった比較的温度因子の大きい官能基においては水素原子位置を特定することはできなかったため,水素原子はモデルに取り入れなかった.後述するGlu82,Glu85,Glu86のプロトン化状態は水素結合の様式や化学的環境に基づいて推測したものである.結晶中においてTtADPRaseは結晶学的2回軸で関係づけられたホモダイマー構造を形成しており,2つのプロトマー間でのア図2ES,ESM,ESMM状態で確認された活性部位における化学種の配置および化学的相互作用のまとめ.(Spatial arrangement of chemical species in theactive site and chemical interactions in ES, ESM, andESMM states.)図3ADPRの結合部位における電子密度図.(ElectrondensitymapatADPRbindingsite.)(A)ADPR(占有率0.7)と水分子(占有率0.3)を同定したときの電子密度.(B)ADPRのみを同定した場合,水分子に該当する正の差フーリエピークが残っている.(C)ADPRと水分子をオミットした場合.188日本結晶学会誌第58巻第4号(2016)