ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No4

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概要

日本結晶学会誌Vol58No4

Mn(II)イオンの結合によって誘起される結晶相ADPリボース加水分解酵素反応の観察造解析や変異体の機能解析といった研究の成果がこれまで10年以上にわたって蓄積されてきたが,その仕組みはなお完全には解明されていなかった.1-8)ADPRase反応機構において重要な論点は,金属イオンがどのように関与し,一般塩基触媒がどのように作用するのか,という2つである.これまでに議論されてきたポイントを以下に整理すると,(i)求核性水分子の攻撃を受けるのはADPRの二リン酸のうちアデノシン側に位置するα-リン原子である,(ii)求核性水分子はα-リン酸とNudixモチーフに配位した2つの金属イオンの間に挟みこまれて固定される,(iii)活性部位を囲うように配置されたフレキシブルループ(図1モデル中の点線部分)のGlu残基が活性部位に入り込んできて求核性水分子からプロトンを引き抜く,というストーリーになる.(i)は同位体を利用した加水分解物の質量分析によって明らかにされたものであり,2)(ii)と(iii)はAMPCPRという加水分解を受けない基質類似阻害剤(ADPRの二リン酸部位の中央の酸素が炭素に入れ替わっている)との複合2-4体結晶を用いた構造解析研究)に基づくものである.特に今回は,(ii)と(iii)に着目し,本来の基質であるADPRが実際に加水分解される様子を結晶中で直接観察することを目標として研究を進めてきた.われわれは今回,ソーキングによって低分子の反応トリガー因子を外部から酵素結晶内部に送り込んで反応を開始させ,任意の反応時間で100 Kのクライオ温度に移すことで結晶相反応を停止させるクライオトラップ法を採用した.結晶相反応を特定の反応時間で固定した構造には複数の反応中間体が混在し,空間平均の結果,電子密度分布から特定の反応中間体を占有率1で観察することができない場合がある.しかし1 A付近の高分解能での観察となれば,1つ1つ丁寧に構造モデルを構築して精密化を進めれば複数の反応中間体が混在した電子密度図であっても解釈が可能となる.そこでわれわれは,ADPRase結晶の高分解能化,結晶相反応の実験的デザイン,構造解析というステップを一段階ずつクリアしながらADPRase反応機構の詳細に迫った.2.研究方法2.1結晶化結晶の高分解能化を目指して検討した点は,サンプル純度の徹底した高品質化と結晶化条件の見直しであった.高度好熱菌HB8由来のADPRase(TtADPRase)を大腸菌体内に発現させ,すべての精製操作を4℃条件下で進めた.サンプル純度を保つため,各ステップにおいて電気泳動を行い,極少数のフラクションのみを選別して高品質のサンプルを調製した.結晶化に際しては,従5来報告されてきた条件)に手を加え,酢酸バッファーpH 4.6,10%(w/v)PEG20000,30%(w/v)グリセロールという新たな組み合わせを導入した.結晶化にはADPRや二価金属イオンはまったく使用しなかったので,析出した結晶はアポ状態のTtADPRaseである.2.2結晶相反応の追跡1 A分解能の反射を与える高品質のTtADPRase結晶を全部で11個用意して,結晶相反応を追跡した(表1).11個のうち2個の結晶にはいかなる処理も施さずに,直接にデータ収集へと進めた(表1).残った9個のうち2個の結晶には5 mM ADPRをオーバーナイトでソーキングし,TtADPRaseとADPRの二元複合体を形成させた(表1).この操作ではADPRase反応に不可欠な二価金属イオンを使用しなかったので,結晶中のADPR加水分解は開始されなかった.残った7個の結晶にはまずADPRをソーキングして活性部位に結合させたのち,さらに15 mM MnCl 2を室温でソーキングした.Mn 2+イオンの挿入によって反応に必要な要素がすべて揃い,あらかじめ活性部位に結合していたADPRの加水分解がスタートした.3,6,10,15,20,30,50分のソーキングの後,クライオトラップにより反応中間体構造を結晶内で固定した(表1).実際には結晶相反応の条件を決定する作業を前もって行っており,試行錯誤の結果,上述の条件(pH 4.6,15 mM MnCl 2)に辿りついた.ADPRase反応は酸塩基触媒反応であるため,結晶化条件であるpH 4.6での反応速度は生理条件に比べて1/100程度に抑えられており,さらに結晶中でのADPR加水分解に要する時間は10分~1時間の範囲に入った.次にソーキング時のMn 2+イオン濃度を検討し,15 mM MnCl 2を用いた場合にはADPR表1全11データの結晶化後処理の条件,分解能,R値,原子座標誤差およびProtein Data Bankの登録コード.(Conditions of post-crystallization treatments, resolutions, R factors, atomic coordinate errors,and PDB codes of 11 crystals analyzed in this study.)ADPRソーキング--ありありありありありありありありありMnCl 2ソーキング----3分6分10分15分20分30分50分分解能/A0.910.920.971.001.151.121.091.221.141.151.10R(%)13.613.513.113.914.915.215.415.615.314.314.5原子座標誤差/A0.0260.0260.0270.0310.0370.0360.0350.0440.0370.0380.036PDBコード3X0I3X0J3X0K3X0L3X0M3X0N3X0O3X0P3X0Q3X0R3X0S日本結晶学会誌第58巻第4号(2016)187