ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No4

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概要

日本結晶学会誌Vol58No4

ソフトマターを対象とした時間分割小角X線散乱測定技術分解能は数十ミリ秒から数秒程度に限られていたが,より高感度,高空間分解能でかつ高フレームレートの検出器の開発は進められており,27-29)将来的にはマイクロ秒領域の測定も期待される.4)3.3並進運動と回転運動との同時測定応用例として,ゴム中のナノ結晶の並進運動と回転運動とを同時測定した例を紹介する.ゴム材料はタイヤなどの材料として用いられる場合には,力学物性や粘弾性特性の改質のためにシリカやカーボンブラックなどのナノ粒子が充填される.しかしこの補強効果の機構には未解明な部分が多く,例えばミクロなダイナミクスとマクロな動的物性との関連の解明が求められている.XPCSはこのようなミクロなダイナミクス,あるいはミクロなレオロジーの測定手法として盛んに用いられてきているが,25,30)そこで得られた運動モードの解釈については統一した見解がなかった.31)この理由として,ナノ粒子充填ゴムのような実用的な「汚い」系では,得られたダイナミクスに関する情報を,具体的な動きに帰着させることが困難であることが挙げられる.XPCSで得られる情報は,粒子分散系を対象とした際には通常は粒子同士の相互拡散運動であると解釈される.これはXPCSで観測されるのは通常の場合には干渉性のX線散乱であり,さらにXPCSでは通常小角散乱領域の散乱が解析対象となることが多く,多くの場合にナノ粒子の大きさに対応した散乱角よりも小角側の散乱を解析しているためである.しかし階層的な構造を形成している場合には,より大きな階層に対応した構造の変形や回転もスペックル強度の時間揺らぎに寄与し,また原理的には回転運動も並進運動も区別なく測定されるため,複雑な系ではその解釈が難しくなっている.そこでわれわれはナノ結晶を充填したゴムを対象として,XPCSにDiffracted X-ray Tracking(DXT)32)を組み合わせることで,ゴム中でのナノ結晶およびナノ粒子のダイナミクスの詳細を得ることを試みた.4)DXTでは白色X線などのエネルギーバンド幅の広いX線を利用してナノ結晶のラウエ写真の時間分割測定を実施する.ナノ結晶が実空間で回転すると,逆空間においても回折斑点が対応して位置を変える.したがって回折斑点の動きを解析することで,ナノ結晶の回転に関する情報が得られる.XPCSで測定された運動がブラウン運動のように単純にモデル化できない場合により詳細な解析を実施したい場合に,回転運動のスペックル強度揺らぎへの寄与と並進運動の寄与とを明確に区別できれば情報量を増すことができる.XPCSとDXTとを同時に測定するためにはXPCSを実施することが可能な程度の時間コヒーレンス長を保ちつつ,DXTを実施することが可能な程度に入射X線のエネルギーバンド幅が広い必要がある.この一見無理な両立は,SPring-8のBL40XUで利33用可能な準単色な「ピンクビーム」のX線)を用いるこ日本結晶学会誌第58巻第4号(2016)図4(A)XPCS-DXTの模式図.(B)DXTの概念の説明図.(C)SPring-8のBL40XUのX線スペクトル(IDgap:11.4mm).((A)SchematicviewoftheXPCS-DXT experimental setup.(B)Geometry of theDXT experiment.(C)Spectrum of incident X-rays.)Reproduced with permission of the InternationalUnion of Crystallography. 4)図5(左)XPCSで得られた強度相関関数.(右)緩和時間τと指数pのq依存性.((Left)Typical intensityintensitycorrelation function.(Right)Dependenceof relaxation timeτand the exponent p on q.)Reproduced with permission of the InternationalUnion of Crystallography. 4)とで実現可能である(図4).このビームラインではヘリカルアンジュレーターを光源としているため,高調波をスリットやミラーで除去すれば,分光器なしでアンジュレーターからの準単色なX線を利用することができる.準単色であるためにDXTで追跡可能な角度範囲は限定的なものになるが,ゴムにナノ結晶を分散させて測定した結果,十分に測定することが可能であった.図5に示したようにXPCSで観察されたナノ結晶のダイナミクスの緩和時間は数秒程度であるのに対して,DXTで観察されたナノ結晶の回転運動は,数分で数度程度の微小なものであった(図6).したがってXPCSで観測される並進183