ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No4

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概要

日本結晶学会誌Vol58No4

篠原佑也図2銅メッシュからの回折像と中心付近の拡大像(右).((Left)USAXS pattern from a copper mesh on alogarithmic scale.(Right)A blow-up of the centralpart.)Reproduced with permission of the InternationalUnion of Crystallography. 3)サブミクロンからミクロンの領域の構造は従来X線イメージングで測定するには小さすぎ,小角X線散乱で測定するには大きすぎる領域であったため,時間分割USAXSはこの領域に特徴的な構造をもつナノコンポジット材料を対象として盛んに研究が実施されている.例えばタイヤに用いられるようなナノ粒子充填ゴムは,階層構造を示すことが電子顕微鏡観察などから知られていたが,試料の変形に伴いどのような変化を示すかは不明だった.小角散乱実験の長所の1つである試料周りの自由度の高さを活かし,試料に延伸,せん断などを加えた際の構造変化を時間分割測定することで,階層構造の変化に関する知見が得られ,例えばタイヤの開発などにつながっている.14,15)さらに最近では試料に加える繰り返し歪みと,小角X線散乱の検出器の測定のタイミングを同期することで,繰り返し歪み下での各位相における構造変化を調べる検討が進められている.16)X線輝度の増大と二次元検出器の空間分解能の向上に伴い,時間分割二次元USAXSを用いた研究はますます実施されていくと考えられるが,USAXS領域では従来のX線散乱における暗黙の仮定が2点,破綻しうることも認識しておかなければならないであろう.1点目は,試料の電子密度コントラストの大きさ次第では,X線散乱でもRayleigh-Gans近似が成立しなくなり,可視光でRayleigh散乱ではなくMie散乱を取り扱わなければならない場合と同様の状況が生じうることである.2点目は,測定領域とビームサイズならびにX線の空間コヒーレント長の大きさが近くなってくるため,散乱強度曲線の形状が試料内の構造だけでなく,入射X線の空間コヒーレント長などにも依存してくることである.17)3.コヒーレントX線を用いた揺らぎの測定3.1コヒーレンスと小角X線散乱光源の輝度が向上するに伴い,小角X線散乱でもコヒーレンスを活用することが重要となりつつある.コヒーレンスの影響が散乱実験で顕在化するのは,空間コ図3スペックル像.(Speckle image.)ヒーレント長よりもビームサイズが小さく,時間コヒーレント長よりも散乱過程での経路差が小さい場合である.18)この条件を満たす場合に観察される散乱像は粒状のスペックル像(図3)になる.19)スペックル像は電子密度分布のフーリエ変換の振幅を自乗したものに対応している.入射しているX線のビームサイズが空間コヒーレンス長よりも長い場合には,スペックル像は平均化されてしまい,散乱から得られる情報も平均化された情報となる.しかしスペックル散乱が得られた場合には,平均化されていない構造情報が得られていることに対応している.したがって適切な位相回復操作などを行うことで,平均化されていない実空間構造が得られるため,Coherent Diffraction ImagingやX線Ptychographyとして盛んに研究が進められている.20-22)コヒーレンスの影響は小角X線散乱実験で顕在化しやすい.小角X線散乱では散乱角が小さい領域で測定を実施するため,散乱の経路差が時間コヒーレント長よりも容易に短くなり,また元々小角散乱を測定するためにX線の角度発散およびビームサイズが小さくなっているため,コヒーレントなX線を用いた散乱実験をする条件が整っている.したがってスペックルを測定することが可能な空間分解能を有する検出器を利用し,ピンホールなどでビームサイズを数十マイクロメートル程度に絞れば,容易にスペックル散乱像を観測することができる.3.2 X線光子相関分光法測定中に平均的な構造は変わらなくとも,局所的な構造の変化や揺らぎが生じることで,スペックル像も対応して揺らぐ.この散乱強度の時間揺らぎの解析を通して試料中の電子密度分布の時間揺らぎを解析する手法がX線光子相関分光法(X-ray Photon CorrelationSpectroscopy:XPCS)である.23-25)XPCSは可視光領域で広く用いられてきた動的光散乱法においてプローブとしてX線を用いたものであるとも言え,近年の放射光源の輝度の上昇に伴い,盛んに用いられ始めている手法である.XPCSではスペックル像を連続測定するため,その理論的な時間分解能は通常では検出器のフレームレートおよび入射X線の時間構造で決まっている.従来は単一光子を検出できる二次元検出器として直接入射CCD26などの検出器)が用いられてきたために,XPCSの時間182日本結晶学会誌第58巻第4号(2016)