ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No4

ページ
28/62

このページは 日本結晶学会誌Vol58No4 の電子ブックに掲載されている28ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol58No4

日本結晶学会誌58,180-185(2016)最近の研究からソフトマターを対象とした時間分割小角X線散乱測定技術東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻篠原佑也Yuya SHINOHARA: Time-Resolved Small-Angle X-ray Scattering for Soft MatterSoft matter generally shows a hierarchical structure both spatially and temporally. Time-resolvedsmall-angle X-ray scattering is effective in revealing this spatio-temporal hierarchical structure of softmatters. Increase in X-ray brilliance and developments of X-ray detectors have contributed to improvethe technique. Here recent progress in time-resolved small-angle X-ray scattering including X-rayphoton correlation spectroscopy is briefly described.1.はじめにソフトマターは高分子,液晶,コロイドなどのやわらかい物質の総称である.1)ソフトマターの構造は,階層性,不均一性,非対称性などにより特徴付けられる.ソフトマターの多くは非晶性であり,結晶性のソフトマターであっても通常は結晶・非晶が入り交じり結晶性が低く,さらに不均一な階層構造を有していることが多い.したがっていわゆる結晶性の試料と比較すると精密な構造解析が簡単ではない場合が多い.このようなソフトマターの構造解析の手法として,小角X線散乱は実験室X線光源から放射光X線まで広く用いられてきている.特に近年の放射光X線の高輝度化や光学系・検出器の高性能化に伴い,散乱像の時間分割測定が広く実施されている.歴史的にも,例えばPhoton Factoryの旧BL-15Aは筋肉回折計として建設され,筋肉からの回折の時間分解測定が当初から主要な目的であったように,2)小角X線散乱の時間分割測定そのものが重要な手法として古くから認識され,実施されてきた.ソフトマターの時間分割小角X線散乱の対象をおおまかに分類すると,(1)試料に連続的にX線を照射して散乱像の時間変化を測定することで試料の構造変化を逐次追跡していくもの,(2)ポンプ・プローブ測定により,外的刺激への試料の応答の時間発展を測定するもの,(3)準弾性散乱を通して構造の揺らぎを測定するものが挙げられる.いずれの測定においても,ソフトマターの特徴である柔らかさ,そして構造の多分散性により,特に小角X線散乱が対象としているナノメートルからマイクロメートルの大きさでは,外場に対する応答時間や構造揺らぎがゆっくりとしている.これは構造変化を逐次追跡していくような時間分割小角X線散乱実験では,検出器や光源の明るさなどへの要求が小さくなる方向にはたらく.その一方で,ゆらぎの測定などのダイナミクスを準弾性散乱・非弾性散乱により測定するためには,エネルギー領域の測定ではマイクロ秒からミリ秒のゆっくりとしたダイナミクスを測定するのは困難であるため,時間領域でダイナミクスを測定することが有効となり,特にコヒーレントX線を用いた散乱の時間分割測定によるダイナミクス測定が重要な役割を果たすことになる.一般にX線の輝度の増大に伴い,測定することのできる時間分解能は上がる.その一方でソフトマターの場合には照射による損傷や試料温度の変化の影響が顕著であるため,連続的に試料に照射することのできるX線のフラックス密度に制限がある.実際に現状の放射光源で利用可能なX線を用いても,散乱実験における照射損傷の効果を容易に確認することができる.また,構造の不均一性や多分散性のために,ポンプ・プローブ測定などで繰り返し同じ構造を対象として実験をすることが困難な場合があり,必然的に試料の同じ場所にX線を照射することが求められる場合が多い.以上のことからソフトマターを対象とした時間分割小角X線散乱実験を高度化するためには,なるべく少ないX線照射量で最大限の情報を得なければならず,X線輝度の向上に加えて,検出器性能や解析技術の向上に多くを負っている.本稿ではソフトマターを対象とした時間分割小角X線散乱測定技術の現状について簡単に述べるとともに,筆3,4者らのグループが実施した2つの例)を紹介する.2.時間分割小角X線散乱測定2.1小角X線散乱の時間分解能時間分割測定について述べるためには,どのような時間分解能・測定方法を対象にするかを規定しなければならない.時間分割測定の方法に関しては大きく2つに分けられる.5)1つは特定の瞬間の回折像を記録する方法であり,高速なシャッターもしくは短時間のX線パルスが必要となる.トリガーとなる現象と測定までの遅延時間を変えて何枚も回折像を測定することで,現象の時間発展を追うことができるため,繰り返し可能な現象や大量180日本結晶学会誌第58巻第4号(2016)