ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No4

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概要

日本結晶学会誌Vol58No4

木村健太メータを用いて同様の計算を行ったところ,BVCPOはBTCPOよりも大きな回転角を有することがわかった.以上から,本研究で開拓したA(BO)Cu 4(PO 4)4は,AサイトとBサイト両方の置換によってカイラリティ強度をチューニング可能な,きわめてユニークな系と言える.9),10さらに,1章で述べたCCM法)を用いて,アカイラル構造の反転中心に対する定量的カイラリティを計算した結果を図7bに示す.全原子の連続的カイラリティ尺度はSTCPO>BVCPO>BTCPOとなり,回転角を用いた場合とまったく同様の結論が得られる.これは,回転角によるカイラリティの定量化の妥当性を示している.6.カイラリティ強度とドメイン構造の相関以上の実験結果および議論から,カイラリティの大きなSTCPO結晶はモノドメイン構造を有し,カイラリティの小さなBTCPO結晶はマルチドメイン構造を有するという傾向が示された.ではなぜ,カイラリティ強度がドメイン構造の形成様相と相関をもつのだろうか?以下において,カイラリティ強度とドメイン構造の形成様相を結び付ける2つのメカニズムを提案し.これらが共に実験結果を説明できることを見ていく.1カイラル-非カイラル構造相転移カイラリティ強度の小さな系では,左手系と右手系のカイラル状態間のエネルギーバリアが小さいため,高温では熱揺らぎによりカイラリティ秩序が破壊され,非カイラル相への構造相転移が生じる可能性がある.このような構造相転移が結晶化温度以下で生じると仮定すると,フラックス法により非カイラル構造相にて生成した単結晶は,その後の冷却過程においてカイラル構造相へと相転移することになる.その際,右手系と左手系はエネルギー的に縮退しているため,マルチドメイン構造の発生が予想できる.よって,このシナリオはカイラリティの小さいBTCPOがマルチドメイン構造を示すという実験結果を説明できる.また,このようなカイラル構造相転移の存在は,実験的にも示唆されている.図8に,BTCPO結晶を700度で加熱する前後におけるカイラルドメインの様子を示す.加熱により点線で囲った部分の旋光性の符号が逆転していることから,カイラルドメインの分布が変化したことがわかる.これは,加熱により非カイラル構造相への相転移が生じ,その後の冷却過程でカイラル構造相に戻る際に加熱前とは異なるドメイン分布が現れたと考えれば説明がつく.したがって,加熱によるドメイン分布の変化は,カイラリティの小さなBTCPOにおけるカイラル-非カイラル構造相転移の存在を支持するものである.これと整合して,カイラリティの大きなSTCPOにおいては,1000度まで加熱しても構造相転移の存在を支持するドメイン分布の変化は観測されなかった.図81 mm加熱前BTCPO加熱後A +2°A+2°PP700度での加熱前(左)および加熱後(右)のBTCPO結晶の偏光顕微鏡観察像.(Transmission polarizedlight microscope images of a BTCPO crystal before(left)and after(right)heating at 700℃.)2ドメイン壁での歪エネルギー左手系と右手系の原子配列の差異が少ないカイラリティ強度の小さな系では,カイラルドメイン壁における歪エネルギーが小さく,それゆえドメインが容易に形成されると予想される.一方,カイラリティ強度の大きな系では,ドメイン壁における歪エネルギーが大きいためドメインは形成され難く,モノドメイン状態が好まれると予想される.したがって,ドメイン壁での歪エネルギーから予想されるドメイン状態は,BTCPOとSTCPOにおけるドメイン状態の観測結果と合致する.以上から,われわれが提案した2つのメカニズム1と2は,どちらも実験結果を非常によく説明できることがわかる.現時点においては,どちらの(あるいは両方の)メカニズムが正しいか結論付けることはできないが,本研究は定量的なカイラリティ強度がドメイン構造の形成様相と強く相関することを示した初めての例と言える.メカニズムの詳細な解明には,高温でのX線回折や偏光顕微鏡観察といった測定が必要である.7.カイラリティ強度の元素チューニングの起源最後に,Aサイトの元素置換によりカイラリティ強度が変化する起源について,カチオンと酸素のボンド長の観点から議論する.SrはBaよりもイオン半径が小さいため,AサイトをBaからSrに置換すると,A-Oボンド長は短くならねばならない.一方で,ほかのカチオンと酸素のボンド長は,静電エネルギーの観点からは一定に保たれたほうがよい.これら両方の要請を同時に満足する最も自然な方法は,上で述べた反強的回転歪みの回転角を増大させること,すなわち,カイラリティ強度を増大させることである.したがって,Aサイト置換によるカイラリティ強度の変化の起源は,『Aサイトのイオン半径に適した値にA-Oボンド長を変化させながらも,ほかのカチオンと酸素のボンド長を一定に保つためには,反強的回転歪みの回転角を変化させる必要があるから』,と説明できる.さらに,単結晶X線構造解析から求めたボンド長(表1)は,現実の物質中で両要請が満たされていることを明瞭に示しており,この解釈の妥当性を強く支持している.178日本結晶学会誌第58巻第4号(2016)