ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No4

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概要

日本結晶学会誌Vol58No4

木村健太図4アナライザー無しアナライザー有り(a)(c)(e)BTCPO1 mmA ?1°Pス法を採用した.低融点,水溶性,原料と反応・固溶しない,といった観点からフラックス選択を推し進め,試行錯誤を繰り返した結果,Na 2Mo 2O 7が本物質の単結晶合成に適していることを見出した.図4aと図4bに得られた単結晶の一例を示す.結晶は青色透明であり,これはCuO 4平面を有する銅の化合物でしばしば見られる色である.得られたBTCPOとSTCPOの単結晶の典型的なサイズは,それぞれ5×5×1 mm,3×3×1 mm程度であった.また,単結晶X線回折による構造解析から,両物質がBVCPOと同じ結晶構造(空間群P42 12)を有することを確認した.したがって,本研究により,カイラル結晶構造を有する一連の化合物群A(BO)Cu 4(PO 4)4(A=Ba,Sr,B=V,Ti)の開拓に成功した.BTCPOとSTCPOの格子定数はそれぞれa=9.6028(5)A,c=7.1209(5)A,およびa=9.5182(5)A,c=7.0087(5)Aであり,両者の差は約1%と小さい.結晶構造の詳細については5節で述べる.なお,文献17)に倣ってBVCPOの単結晶合成を試みたが,現在のところ十分なサイズの単結晶は得られていない.そのため,以下ではBTCPOとSTCPOの実験結果のみを示す.4.カイラルドメイン構造の観察DLSTCPO1 mmA +1°A+2°PPA ?2°P透明な結晶中のカイラルドメイン構造の分布を可視化する最もスタンダードな方法は,偏光顕微鏡による観察である.この方法では,光源と試料の間に偏光子(ポラ(b)(d)(f)偏光顕微鏡で観察したカイラルドメイン構造.(Chiraldomain structure observed by polarized microscopy.)(文献15)から引用.)(a,b)アナライザーなしで観察したBTCPOとSTCPO結晶の透過像.(c,d)モノクロカメラで観察した,BTCPO結晶およびSTCPO結晶の偏光顕微鏡像.アナライザー(A)とポラライザー(P)の配置も併せて示した.(e,f)カイラルドメインのスケッチ.赤(D)と青(L)の領域はそれぞれ右旋性,左旋性を表す.編集部注:カラーの図はオンライン版を参照下さい.Dライザー)を設置し,偏光した光をカイラル結晶に入射させる.このとき,カイラル結晶のもつ旋光性により,透過光の偏光面が右あるいは左に回転する.偏光面の回転方向(すなわち旋光性の符号)とカイラリティの符号には1対1対応があるから,偏光面の回転方向を試料と接眼レンズの間に設置した偏光子(アナライザー)を使って調べることにより,試料内のカイラルドメイン構造を可視化できる.なお,観測者の側から見て,透過光の偏光面を時計回りに回転させる結晶は右旋性,反時計回りに回転させる結晶は左旋性と定義される.2)また.本稿では,左旋性および右旋性結晶の結晶構造をそれぞれ,左手系,右手系と呼ぶことにする.この手法により調べたBTCPO結晶のカイラルドメイン構造を図4a,図4cに示す.観察に用いた結晶は平板状であり,紙面垂直方向がc軸方向である.図4aに示すように,アナライザーを挿入せずに観察すると結晶は完全に一様である.一方,図4cに示すように,アナライザーとポラライザーを直交に配置し,アナライザーを時計周りにわずかに回転させると,結晶は顕著な明暗のコントラストを示す.また,このコントラストは,アナライザーを反対方向に回転させると逆転するが,試料を回転あるいはフリップしても変化しない.したがって,このコントラストは旋光性に由来するものである.以上から,このBTCPO結晶は左右のカイラリティが混在したマルチドメイン状態を有していると結論できる(図4e).次に,STCPO結晶について同様の顕微鏡観察を行った結果を図4b,図4dに示す.興味深いことに,像の明暗はアナライザーの逆方向への回転により反転するものの,コントラスト自体は結晶全体で一様である.つまり,このSTCPO結晶は,結晶全体にわたってカイラリティの揃ったモノドメイン状態を有している(図4f).上記のドメイン構造の形成様相の違いを定量化するために,BTCPOとSTCPOの単結晶を各々のバッチから50個ずつランダムに選別し,これらのカイラルドメイン構造について調査した.マルチドメイン構造をもつ結晶の数,左旋性および右旋性のモノドメイン構造をもつ結晶の数をまとめた棒グラフを図5に示す.このグラフから,BTCPOではほぼすべての試料がマルチドメイン構造を示すのに対して,STCPOではそのほとんどがモノドメイン構造を示すことがわかる.同構造であるにもかかわらず,このような劇的な違いが現れることは大変興味深い.もう1つ興味深いのは,ここで調べたSTCPOのバッチでは,右旋性結晶の数が左旋性結晶の数に比べて圧倒的に多いことである.このようなカイラリティの偏りはほかのバッチにおいても見られたが,どちらのカイラリティが優勢になるかはバッチごとに異なっていた.カイラリティの偏りの起源は現時点では不明であり,今後の課題の1つである.同様の現象はほかのカイラル物質176日本結晶学会誌第58巻第4号(2016)