ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No4

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概要

日本結晶学会誌Vol58No4

黒岩芳弘,森吉千佳子,藤井一郎,和田智志が図7bに示した外形の電気歪みに一致するほど大きく,図9bに示した横効果では格子歪みが縦効果のおよそ半分であることがわかった.格子歪みの抗電界は12 kV/cmと外形の電気歪みのもの(25 kV/cm)より小さい.これは本セラミックスの格子歪みがドメイン反転の影響を受けており,ドメイン反転には交流電場の周波数依存性があるためと考えている.また格子歪みは<110>,<111>,<200>方向で大きな異方性がないことがわかった.これらの結果は非常に興味深い.まず,格子歪みがヒステリシスをもつことについて考える.一般に,圧電体の格子歪みは電場に対して線形に変化し,ドメイン反転と電場誘起相転移は外形の電気歪みにヒステリシスを与えるものと考えられている.これは格子歪みがヒステリシスをもつ本実験結果と異なっている.その原因としては,上述のように本セラミックスが擬立方晶系に帰属され,格子歪みにドメイン反転の効果が重畳されていることが挙げられる.このようなヒステリシスをもち,その大きさが外形の電気歪みに匹敵する格子歪みは,菱面体晶系と正方晶系のPZTやBiScO 3-PbTiO 3などのセラミックスでも報告されており,その起源は「粒間弾性歪み」により説明されている.17)しかし,「粒間弾性歪み」による格子歪みは大きな異方性を伴うので,本格子歪みの等方性は「粒間弾性歪み」では説明できない.本セラミックスの電場印加挙動は,格子歪みにドメイン反転がどのように重畳されているのか,格子歪みはなぜ等方的なのかなどを含めて謎に包まれたままである.現在,電場下の結晶構造の精密化を進めており,特異な圧電応答の起源を明らかにしたいと考えている.4.おわりに本稿では,電場印加下での結晶格子そのものの,いわゆる本質的な構造歪みをテーマに2つの最近の研究例を紹介した.時分割実験では,始状態と終状態に対応する既知の結晶構造からは推定できない不安定な結晶構造を一瞬の間に見出すことができるといことが実験の醍醐味である.今後,放射光を利用した時分割構造計測技術の高度化が進み,原子位置や電子密度分布を解析するための回折データをより精密に高い統計精度で収集できるようになると,分極反転に伴い結晶中の化学結合が切断・再構成される瞬間までもが可視化できるようになるかもしれない.本稿では割愛したが,原子位置レベルで結晶構造の時間変化を解析することにはすでに成功しており,例えば,共同研究をしている青柳忍氏らにより30 MHzで圧電共振状態にある水晶振動子中の原子の運動を原子位置レベルで追跡することに成功している.18)一方,電場印加下でのセラミックス試料に対して,原子位置レベルで構造解析することは相当に難しい.結晶学的に粉末条件を満たしていると思われる試料に対して一軸外場として電場を印加しているので,直感的な表現をすれば,観測されるデバイシェラー環は楕円になる.このような回折パターンをすべて同時に計測して構造解析する手法を開発していくことが今後の課題と考える.謝辞本稿では,文献3)と9)で公表した研究内容を紹介しました.このような成果を創出できたことに対して,この場を借りて共同研究者の方々にお礼申し上げます.本研究の一部は,科学研究費助成事業(基盤研究(B))の支援を受けて行われました.また,実験はSPring-8のBL02B1(課題番号:2010A1306,2010A0083,2010B0083,2011A0083)とBL02B2(課題番号:2015A0074,2015B0074)で行われました.実験ではSPring-8の多くのスタッフの皆さんから多大な協力を得たことに感謝します.文献1)J. F. Nye: Physical Properties of Crystals, Oxford University Press(1957).2)高木豊,田中哲郎監修,村田製作所編:驚異のチタバリ,丸善(1990).3)C. Moriyoshi, S. Hiramoto, H. Ohkubo, Y. Kuroiwa, H. Osawa, K.Sugimoto, S. Kimura, M. Takata, Y. Kitanaka, Y. Noguchi and M.Miyayama: Jpn. J. Appl. Phys. 50, 09NE05(2011).4)K. Sugimoto, H. Ohsumi, S. Aoyagi, E. Nishibori, C. Moriyoshi,Y. Kuroiwa, H. Sawa and M. Takata: AIP Conf. Proc. 1234, 887(2010).5)S. Aoyagi, E. Nishibori, H. Sawa, K. Sugimoto, M. Takata, Y.Miyata, R. Kitaura, H. Shinohara, H. Okada, T. Sakai, Y. Ono, K.Kawachi, K. Yokoo, S. Ono, K. Omote, Y. Kasama, S. Ishikawa, T.Komuro and H. Tobita: Nature Chem. 2, 678(2010).6)A. Fujiwara, K. Sugimoto, C. Shih, H. Tanaka, J. Tang, Y. Tanabe, J.Xu, S. Heguri, K. Tanigaki and M. Takata: Phys. Rev. B 85, 144305(2012).7)Y. Kitanaka, K. Yanai, Y. Noguchi, M. Miyayama, Y. Kagawa, C.Moriyoshi and Y. Kuroiwa: Phys. Rev. B 89, 107107(2014).8)S. Aoyagi, H. Osawa, K. Sugimoto, M. Iwata, S. Takeda, C.Moriyoshi and Y. Kuroiwa: Jpn. J. Appl. Phys. 54, 10NB03(2015).9)I. Fujii, R. Iizuka, Y. Nakahira, Y. Sunada, S. Ueno, K. Nakashima,E. Magome, C. Moriyoshi, Y. Kuroiwa and S. Wada: Appl. Phys.Lett. 108, 172903(2016).10)A. Singh, C. Moriyoshi, Y. Kuroiwa and D. Pandey: Phys. Rev. B88, 024113(2013).11)S. O. Leontsev and R. E. Eitel: J. Am. Ceram. Soc. 92, 2957(2009).12)H. Yabuta, M. Shimada, T. Watanabe, J. Hayashi, M. Kubota,K. Miura, T. Fukui, I. Fujii and S. Wada: Jpn. J. Appl. Phys. 51,09LD04(2012).13)C. Zhou, A. Feteira, X. Shan, H. Yang, Q. Zhou, J. Cheng, W. Li andH. Wang: Appl. Phys. Lett. 101, 032901(2012).14)D. D. Khalyavin, A. N. Salak, N. P. Vyshatko, A. B. Lopes, N. M.Olekhnovich, A. V. Pushkarev, I. I. Maroz and Y. V. Radyush: Chem.Mater. 18, 5104(2006).15)R. Mitsui, I. Fujii, K. Nakashima, N. Kumada, Y. Kuroiwa and S.Wada: J. Ceram. Soc. Jpn. 121, 855(2013).172日本結晶学会誌第58巻第4号(2016)