ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No3

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概要

日本結晶学会誌Vol58No3

日本結晶学会誌 第58巻 第3号(2016) 117日本結晶学会誌 58,117-125(2016)総合報告(学会賞受賞論文)植物光化学系I-集光性アンテナ複合体I超複合体の結晶構造岡山大学大学院自然科学研究科/岡山大学異分野基礎科学研究所 菅 倫寛Michihiro SUGA: Crystal Structure of the Plant Photosystem I and Light HarvestingComplex I SupercomplexPhotosystem I(PSI)absorbs and utilizes light energy to generate reducing power for thereduction of NADP+ to NADPH with a quantum efficiency close to 100%. Plant PSI forms asupercomplex with light-harvesting complex I (LHCI)with a total molecular weight of over 600 kDa.X-ray structure analysis of the PSI-LHCI membrane-protein supercomplex has revealed detailedarrangement of the light-harvesting pigments and other cofactors especially within LHCI.Here theexcited energy transfer(EET)pathways from LHCI to the PSI core and photoprotection mechanismsare discussed based on the structure obtained.1. はじめに植物や各種の藻類が行う酸素発生型光合成は,太陽光を利用して水を分解して酸素分子を放出するとともに,二酸化炭素から有機物を作り出す反応である.約30億年まえに酸素発生型の光合成能をもつシアノバクテリアが出現し,大気中の酸素濃度を急激的に上昇させ,好気生物の進化・繁栄の原動力となった.そして今日に至るまで地球上に絶え間なく降り注いでいる太陽の光エネルギーは糖の形として化学エネルギーへ変換され,ほぼすべての生物の生存維持に必要なエネルギー供給源となっている.この光合成の過程は,光を必要とする明反応と,光を必要としない暗反応に分けられ,このうち,明反応は光エネルギーの吸収・伝達,電子伝達,水分解・酸素発生反応などを含み,これらの一連の反応は葉緑体のチラコイド膜上に存在する膜タンパク質複合体によって触媒される(図1).明反応の最初の反応は光化学系II(PSII)の反応中心における光エネルギーの吸収と電荷分離である.このときに放り出された電子はプラストキノンを介してチトクロムb6/f 複合体に渡され,プラストシアニン(PC)を経て光化学系I(PSI)に渡され,さらにフェレドキシン(Fx)を経て最終的にフェレドキシンNADP+還元酵素(FNR)に渡されてNADP+をNADPHへ還元するために消費される.一方,電荷分離によって生じたPSII 反応中心のクロロフィル(Chl)の正孔は水分子から供給され,その際に水分子は酸素とプロトンへと分解される.また,電子供与体の水分子は酸化還元電位が大きいため,NADPHを作り出すためには PSI の反応中心において再び光エネルギーの吸収と電荷分離が行われることとなる.PSII の触媒する水分解反応によって生じたプロトンはチラコイド膜の内側であるルーメン側に蓄積され,さらにチトクロムb6/f を経由した電子伝達によってルーメン側にプロトンが運ばれ,膜を隔てたプロトン濃度勾配が形成される.この濃度勾配はATP 合成酵素(ATP synthase)の駆動力となり,ADPとリン酸からATP が合成される.このように酸素発生型光合成では2つの光化学系である,PSIIとPSIが光エネルギーを吸収し,ATP やNADPHの形に変換され,二酸化炭素を糖に還元するのに利用される.シアノバクテリアの出現以降,高等植物の繁栄に至るまでの進化の過程において酸素発生型の光合成の効率と性能は大きく向上してきた.基本的な仕組みは厳密に保存されている中で,PSIIおよびPSIにおける最大の進化はアンテナ系タンパク質複合体の獲得であり,シアノバクテリアのPSI は三量体として存在するのに対し,1)高等植物のPSIは単量体として存在し光捕集アンテナI(LHCI)と分子量が600 kDaにも及ぶ超複合体を形成する.PSI-LHCI超複合体における量子効率はほぼ100%とされており,2)その高い効率での光エネルギーの利用機図1 酸素発生型光合成における膜タンパク質と電子伝達鎖.(Membrane proteins and the electron transportchain related to oxygenic photosynthesis.)