ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No3

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概要

日本結晶学会誌Vol58No3

150 日本結晶学会誌 第58 巻 第3 号(2016)満身 稔,宮崎裕司,北河康隆ノマーのものと比べて大きく変化していない(図8).これに対し,HOMO?1は,非常に短いRh?Rh距離によるRh 4dz2軌道間の強いσ*相互作用によって著しく不安定化されたdσ* 軌道(55%)から構成されており,π* 軌道(37%)からのかなりの寄与をもつ.HOMOとHOMO?1のエネルギー差は小さく(ΔE ? 0.25 eV),これらの軌道は擬縮重状態にある.HOMO?LUMO ギャップは1.76 eVである.さらに,トリマーモデル2-1-8 では,dσ*軌道は強いσ* Rh?Rh相互作用によってさらに不安定化し,HOMOとなっている(図8).その結果,HOMO?LUMOギャップは1.37 eVへ減少している.一方,セミキノナトのπ*軌道のエネルギーレベルは,セミキノナトどうしの直接的な相互作用がないため,ほとんど変化せず,HOMO?1とHOMO?2となっている.その結果,不対電子が入ったセミキノナトのπ*軌道がdσ*軌道のHOMOよりも低エネルギー側に存在するという非常に興味深いSOMOとHOMOのエネルギーレベルの逆転(SOMO?HOMOenergy-level conversion)が起きている.固体状態でdz2 軌道から形成される一次元d バンドは,一次元鎖の効果によってさらに広がることが期待され,満たされたd バンドの上部がπ* 軌道からなるLUMOへさらに近づくと予想される.磁化率測定で観測された圧力誘起相転移の可能な説明として,圧力印加によるRh?Rh距離の減少に伴いd バンドの上部がLUMOレベルに近づき,満たされたd バンドから空のπ* 軌道への電荷移動を誘起している可能性が考えられる.有効交換積分Jを見積もるため,非制限ハイブリッド密度汎関数(UB3LYP)法を用いて,鎖内,鎖間でのダイマーユニットの高スピン(HS)トリプレットと低スピン(LS)シングレット状態のエネルギーを計算した.31)しかしながら,ダイマーモデル,トリマーモデルともに強磁性的相互作用を再現できなかった.そこで,CASCI法により,ダイマーモデル1-8 のSOMO?SOMOのみのJabの値を調べたところ,Jab/kB 値は+320.6 K と見積もられた.この計算より,SOMO?SOMO成分のみの磁気的相互作用は強磁性的相互作用であることを再現できた.したがって,ポリマー錯体である3 のスピン状態はダイマー錯体のものと完全に異なると考えられる.UB3LYP法を用いて強磁性的相互作用を再現するには,もっと多くの分子を含むモデル計算が必要であると考えられる.2.6 電気伝導性図10 に示すように,錯体3 の結晶の一次元鎖方向の抵抗率の温度依存性は,一次相転移に対応する明確なヒステリシスを示し,この物質が磁性と伝導性に関して双安定性を示すことを示している.室温での電気伝導率σRTは4.8 × 10?4 S cm?1 であり,混合原子価状態ではないにもかかわらず,比較的高い値を示す.この比較的高い伝導性は,強いRh?Rh相互作用に起因する一次元d バンドの著しい広がりによるd バンド上部と空のセミキノナトπ*軌道レベルの間のエネルギーギャップの減少に帰することができる.Arrheniusプロットから見積もった室温相と低温相における活性化エネルギーEaは,それぞれ 88 meV(T= 300?244 K),386 meV(T= 209?181 K)である.結晶構造で述べたように,室温相と低温相の間の顕著な結晶構造の違いとして,室温相におけるロジウムとその周りの配位原子の温度因子が一次元鎖方向に異常に延びていることが挙げられる.この異常は室温相のみで観測されるので,位置の乱れによるものではなく,一次元鎖内での大振幅振動によって引き起こされると考えられる.この大振幅振動に伴いRh?Rh距離が大きく縮むとさらにd バンドが広がり,その上部がよりπ* 軌道に近づくと予想される.したがって,これらの軌道間での電子励起はRh?Rh距離の減少に伴って容易になることが予想され,室温相での活性化エネルギーの減少を引き起こすと考えられる.残念ながら,磁性伝導体に期待される巨大負の磁気抵抗は,3において観測されなかった.32),33)図9 モノマーモデル1 のsingly occupied natural orbital(threshold= 0.01)(a)とスピン密度(threshold=0.0005)(b).((a)Singly occupied natural orbital and(b)spin-density isosurface of monomer model 1.)Reprinted with permission from J. Am. Chem. Soc. 136, 7026(2014). Copyright 2014 American Chemical Society.図10 一次元鎖方向(a軸)の抵抗率(ρ)と伝導率(σ)の温度依存性.室温相における降温,昇温過程の間の不一致は一次相転移の際の微小亀裂に起因.(Electrical resistivity ρ and electrical conductivityσ.)Reprinted with permission from J. Am. Chem. Soc. 136,7026(2014). Copyright 2014 American Chemical Society.