ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No3

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概要

日本結晶学会誌Vol58No3

148 日本結晶学会誌 第58 巻 第3 号(2016)満身 稔,宮崎裕司,北河康隆実は,これらの原子の位置の乱れ,あるいは大きな振幅を伴った振動の可能性を示唆する.2.3 磁性錯体3のモル磁化率χMと温度の積(χMT)の温度依存性を図4に示した.錯体3は比熱測定の結果と一致して,228から207 Kの間での熱ヒステリシスを伴った劇的な磁性の変化を示した.300 KでのχMT値は0.254 emu K mol?1 であり,S = 1/2 のスピン・オンリー値(0.375 emu K mol?1)の2/3程度の値であり,室温相では温度の低下に伴いわずかに減少する.室温相での磁気的相互作用を評価するために,いくつかのS = 1/2 Heisenberg chain モデルを用いて解析を行ったところ,鎖内でのダイマー形成にもかかわらず,S = 1/2反強磁性Heisenberg chainモデル(Bonner?Fisherモデル,H=-J Σ Si ・Si+1)がどちらかといえば一致がよく,磁気的相互作用パラメータJ/kB =-163(3)K(g 値は有機ラジカルに期待される2.00 に固定)と見積もられた.理論式が実験値をうまく再現できない理由は,この錯体では次近接相互作用が比較的強いにもかかわらず,理論式で考慮されていないためであると考えられる.低温相では,χMT値は20 Kで6.51 emu K mol?1まで急激に増加した後,急激に減少した.さらに,低温相では,一次元鎖方向を磁化容易軸とする磁気異方性が観測された.一般に,有機ラジカルの軌道角運動量は消失しているので,この磁気異方性にはロジウムイオンの軌道が関与していることが示唆される.低温相でのχMT値の劇的な増加は,一次元鎖内のスピン間に非常に強い強磁性的相互作用が働いていることを示している.この低温相での磁気的相互作用を見積もるために,S =1/2強磁性Heisenberg chainモデル(Baker式)で解析を行ったが,磁性をまったく再現できなかった.そこで,一次元鎖内で交互にスタックした錯体分子が非常に強い相互作用によってトリプレットダイマーを形成し,ダイマー間にも強磁性的相互作用が働くと仮定して,S =1強磁性Heisenberg chainモデル(H=-J Σ Si ・Si+1)の半分の値と,さらに,鎖間での反強磁性的相互作用を考慮するために,zJ ’を含めた分子場近似を用いて解析を行った.このモデルを最小二乗フィットすることによって,J/kB=+74(1)K,g = 2.67(2),zJ ’/kB =-1.98(3)Kと見積もられた.この結果は鎖内で交互に隣接する分子が非常に強い強磁性的相互作用によってトリプレットダイマー(S = 1)を形成し,ダイマー間にも強い強磁性的相互作用(J/kB=+74(1)K)が働いていることを示唆する.小さな負のzJ ’/kBの値は,一次元強磁性鎖間に弱い反強磁性的相互作用が働いていることを示す.低温相における磁気秩序過程を詳細に調べるために,1?997 Hzの交流磁場下(2 Oe)で交流磁化率測定を行った(図5).錯体3の交流磁化率の実部χ’は約16 K付近で緩やかな極大を示す一方,その虚部χ ”はピークを示さないことから,強磁性鎖間での反強磁性的カップリングであることを示す.実部χ’ の強度の周波数依存性とゼロでない虚部χ ”の周波数依存性が16.4 K以下の温度で同時に現れ始め,χ’ とχ ” は共にそれぞれ14.2 K と14.0 Kで鋭いピークを示した.反強磁性状態における正味の磁化の出現は,強磁性一次元鎖間での反強磁性的カップリングの際,スピンキャンティングによりスピンの打ち消し合いが不完全なためであり,弱強磁性として知られている.25),26)一般に,自発磁化の始まりの臨界温度はχ’成分が極大を示し,χ ”成分が現れ始める温度として定義される.しかしながら,錯体3 では,χ’ とχ ”の急激な増加は16.4 K 以下で始まり,これは強磁性的なスピンの相関長の急速な発達によると帰属され,さらに,χ’ とχ ” の図4 錯体3のモル磁化率χMと温度の積(χMT)の温度依存性.データは結晶性試料について200 Oeの印加磁場下で測定.実線は本文中で述べるモデルの最小二乗フィットの結果を表す.(χMT vs. T plots.)Reprinted with permission from J. Am. Chem. Soc. 136, 7026(2014). Copyright 2014 American Chemical Society.図5 錯体3の交流磁化率の実部χ’と虚部χ”.交流磁化率の実部χ’で観測された緩やかな極大を破線で示す.(In-phase(χ’)and out-of-phase(χ”)acsusceptibility as a function of temperature.)Reprintedwith permission from J. Am. Chem. Soc. 136, 7026(2014).Copyright 2014 American Chemical Society.