ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No3

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概要

日本結晶学会誌Vol58No3

146 日本結晶学会誌 第58 巻 第3 号(2016)満身 稔,宮崎裕司,北河康隆来,14)双安定性を示す多機能性材料開発が急速に進歩しつつある.15)-17)磁性と伝導性の両方を同時に示す新たな多重機能性単一成分分子性物質を開発するために,われわれは基本となる金属錯体として,一次元ロジウム(I)? セミキノナト錯体[Rh(3,6-DBSQ)(CO)2]∞(1;3,6-DBSQ??= 3,6-ditert-butyl-1,2-benzosemiquinonato)に着目した.18)セミキノネートは有機ラジカルアニオンであり,二段階の一電子移動を介してベンゾキノン(BQ),セミキノネート(SQ??),およびカテコレート(Cat2?)の3つの異なる酸化還元異性体を取ることができるジオキソレンの酸化還元異性体の1つである.さらに,金属のd軌道とジオキソレンのπ* 軌道のフロンティア軌道間のエネルギーレベルが非常に接近している金属-ジオキソレン錯体は,原子価互変異性(valence tautomerism)として知られる興味深い金属と配位子の間での分子内電荷移動を示すことが知られている.19)このような原子価互変異性は,複数の物性を同時に変化させるために利用できると考えられる.さらに,われわれの研究対象とする錯体では,セミキノナト配位子はS = 1/2 のスピン源としてだけでなく,ロジウム(I)の一次元鎖の部分酸化のための電子アクセプターとして利用できる.これにより,ロジウム(I)イオンからセミキノナト配位子への電荷移動,すなわち,一次元ロジウム鎖の部分酸化により,伝導性の一次元d バンドを形成することができる.また,熱,圧力,または光照射などの外部摂動の適用によって原子価互変異性を制御することができる場合,一次元d バンドの充填率を調整することも可能である.このような考えに基づき,われわれは,3,6-DBSQ??配位子の4,5位に電子吸引性であるクロロ基を2 つ導入することによって,セミキノナト配位子のπ* 軌道のエネルギーレベルを一次元d バンドのレベルに合わせ,ロジウム(I)イオンからセミキノナト配位子への電荷移動による混合原子価状態の生成に成功し,一次元混合原子価ロジウム(I,II)? セミキノナト/カテコラト錯体[Rh(3,6-DBDiox-4,5-Cl2)(CO)2]∞(2)を開発した.20)ここで,3,6-DBDiox-4,5-Cl2は3,6-di-tert-butyl-4,5-dichloro-1,2-benzosemiquinonato,または3,6-di-tert-butyl-4,5-dichlorocatecholatoを示す.この錯体のロジウムイオンの形式的な酸化数は+1.33 であり,この錯体は室温でσRT= 17?34 S cm?1の高い電気伝導率を示す常磁性半導体であることを明らかにした.一方,3,6-DBSQ?? 配位子の4,5 位に2 つのメトキシ基を導入した一次元ロジウム(I)? セミキノナト錯体[Rh(3,6-DBSQ-4,5- (MeO)2)(CO)2]∞(3;3,6-DBSQ-4,5- (MeO)2?? = 3,6-di-tert-butyl-4,5-dimethoxy-1,2-benzosemiquinonato)では,Rh(3,6-DBSQ)(CO)2 部分の基本骨格は錯体1 や2と同じであるが,ヒステリシス(双安定性)を伴って,磁性と伝導性が劇的に変化することを見出した.本稿では,この錯体3について見出した磁性と伝導性の双安定な多重機能性について,結晶構造と熱容量,密度汎関数法(DFT)計算,磁性,ならびに伝導性を関連づけて紹介する.21)2.結果と考察2.1 熱容量錯体3の熱容量を断熱法により測定した(図1).一次相転移によるシャープな熱容量ピークが223.5 Kに観測され,室温相と低温相の存在を示した.この相転移の転移エンタルピー・エントロピーはそれぞれ3.939(8)kJ mol?1,17.62(5)J K?1 mol?1と見積もられた.ここで,エントロピーがセミキノナト配位子のS = 1/2スピンのみからの寄与と仮定すると,獲得されるエントロピーは最大でΔS=R ln 2 = 5.76 J K?1 mol?1となり,観測されたエントロピーはこの値よりはるかに大きい.スピン・クロスオーバー錯体では,多くの場合,空間群の変化を伴わず,そのエントロピーは,スピン多重度の変化によるエントロピー獲得に加えて,分子間相互作用の影響を受けた分子内振動や格子振動の変化に起因することが知られている.22)したがって,錯体3 で観測された過剰なエントロピーには,S = 1/2 スピンからの寄与に加えて,これらの振動状態の変化が大きく寄与していると考えられる.2.2 結晶構造一次相転移に伴う構造変化を調べるために,錯体3の室温相と低温相について単結晶X線結晶構造解析を行った(図2).一次相転移の前後では,一般的に対称性の変化が見られるが,両相とも空間群は同じP21/n であった.しかしながら,以下に述べるように,一次相転移に伴う劇的な構造変化が観測された.錯体3 の結晶構造は,平面四配位構造の錯体分子がRh?Rh間の相互作用によって繋がり,約139°捻れたスタッガード配座でa図1 モル熱容量の温度依存性.赤丸は12 Kまで冷却した後,昇温過程で測定.青丸は室温相の過冷却を確認するため,222.8 Kまで冷却した後,昇温過程で測定した.(Molar heat capacity as a functionof temperature.)Reprinted with permission from J. Am.Chem. Soc. 136, 7026(2014). Copyright 2014 AmericanChemical Society. 編集部注:カラーの図はオンライン版を参照下さい.