ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No3

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概要

日本結晶学会誌Vol58No3

日本結晶学会誌 第58巻 第3号(2016) 137哺乳類フルクトース輸送体GLUT5の構造と分子機構分子機構については, 従来から交互アクセスモデル(alternating-access model)21)という大枠の概念より理解されている.このモデルは,膜輸送体が分子内に基質結合部位をもち,そこから基質分子を細胞外に透過させる経路と細胞内に透過させる経路を交互に開くことにより膜を介した基質分子の輸送を触媒する,というものであり,この概念はおそらくほぼすべての膜輸送体の基質輸送に伴う動作に適用可能であろう.交互アクセスモデルを基盤としてより具体的な膜輸送体分子の動作機序に関しては,これまでにロッカースイッチ機構(rocker-switch mechanism)( 図7a),ゲートポア機構(gated-pore mechanism)( 図7b),エレベーター機構(elevator mechanism)などが提唱されている.22)ロッカースイッチ機構では,基質分子は膜の中央付近に存在する膜輸送体の基質結合部位に結合し,膜輸送体を構成する2 つのドメインがその基質結合部位を中心として剛体回転運動をして交互アクセスが成立する.一方,ゲートポア機構では,基質分子が膜の中央付近に存在する膜輸送体の基質結合部位に結合した後,細胞外側・内側の2カ所のゲートが形成され,それらが開閉することにより基質分子の移動が制御され,交互アクセスが成立する(両方のゲートが閉まっている中間状態も存在する).GLUT5の分子機構はロッカースイッチ機構とゲートポア機構の折衷型と言える.小腸管腔内に多量のフルクトースが存在するとき,腸管上皮細胞内との濃度差ポテンシャルエネルギーがGLUT5の駆動力となる.基質結合部位へのフルクトースが結合すると,それに共役して二組の膜貫通ヘリックス束の間に形成されていた塩橋が切断される.同時に,一部のヘリックスで局所的な構造変化が起きて新たにゲートが形成されるとともに,膜貫通ヘリックス束自体が大規模な回転運動をすることによって基質分子の透過経路を外開き状態から内開き状態に変化することにより,フルクトースは腸管上皮細胞内に取り込まれる.このGLUT5の動作は,細胞外側・内側の2 カ所の局所的なゲートが形成されるだけでほかのドメインは大規模な動作をしないチャネルとも異なり,あるいは単に2 つのドメインが剛体回転の動作をするだけで透過経路を開閉するタイプの膜輸送体とも異なる.アミノ酸など親水性の低分子化合物を受動的に輸送するほかの促進拡散型の膜輸送体がGLUT5と同様の動作により基質分子を輸送するのか興味がもたれるところである.5.おわりに20年以上にわたり多くの研究グループがヒト・哺乳類GLUTの構造研究に取り組み,ヒトGLUT1の内開き状態の立体構造が2014年に初めて報告された.23)しかし,その知見だけではGLUTが細胞内に糖分子を透過させる際にどのような構造変化をしているのかという分子機構は未解明であった.同一のGLUTサブタイプで異なるコンフォメーション間の構造動態を解明し,実構造に基づいて分子機構を解明したのは本稿で紹介した哺乳類GLUT5研究が初めての例である.筆者らの研究とほぼ同時に,ヒトGLUT3の外開き状態の立体構造も解明された.24)さらに,GLUTの細菌ホモログ(ただし単輸送体ではなくH+共役型の二次性能動輸送体でありヒト・哺乳類GLUTとは分子機構は異なる)の立体構造も報告されている.25)-27)これらの構造情報を用いて,膜輸送体の基質特異性や分子機構に多様性を生じさせる構造基盤が今後解明されていくものと思われる.こうした構造研究の成果は,GLUTの輸送活性を阻害・調節する新規化合物の探索・分子設計に重要な指針細胞外細胞内ゲート 1ゲート 2閉状態基質b基質細胞外細胞内a図7 これまでに提案された膜輸送体の動作機序モデル.(Hitherto proposed models for membrane transport.)(a)ロッカースイッチ機構,(b)ゲートポア機構.