ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No3

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概要

日本結晶学会誌Vol58No3

日本結晶学会誌 第58巻 第3号(2016) 135哺乳類フルクトース輸送体GLUT5の構造と分子機構があるため適切な融合タンパク質を比較的簡単に設計できるのであって,同様の融合タンパク質戦略を膜輸送体に適用しようとすれば個々のターゲットについて膨大な試行錯誤を必要とするため,事実上困難である.膜タンパク質に抗体フラグメントを結合させると①膜外親水性表面が拡張され,あたかも分子同士を接着する「糊しろ」のような役割をして分子間接触が改善する,②結合した抗体が膜タンパク質をある特定のコンフォメーションに固定化するために結晶化が促進される,などの効果が現れる場合が多い(図2).筆者らはこの利点に着眼し,膜タンパク質の「結晶化シャペロン」として利用可能な抗体フラグメントをファージディスプレイ系により高効率で作製する独自技術を確立した.18),19)取得した抗体フラグメントは未変性状態のラットGLUT5の立体構造を認識し,ラットGLUT5に結合することによってその熱安定性を顕著に向上させる性質をもっていた(GLUT5-抗体フラグメント複合体のTm値は,GLUT5単体のTm値に比べて12℃高い).得られた抗体フラグメントを用いて,ラットGLUT5-抗体フラグメント複合体を作製し,蒸気拡散法により結晶化した.この複合体結晶は脱水和を施すことによって分解能が大幅に改善した.一方,ウサギGLUT1ではC末端側の細胞内親水性領域の約40残基の欠失により内開き状態のコンフォメーションに固定化されるという報告がある.20)この知見に基づいてウシGLUT5のC末端欠失変異体を作製して,コンフォメーション間での平衡を内開き状態側にシフトさせることにより,GLUT5単体を蒸気拡散法で結晶化することにも成功した.4.GLUT5 の立体構造と分子機構4.1 全体構造ラットGLUT5-抗体フラグメント複合体結晶から得られた立体構造は,外開き状態のコンフォメーションであり,細胞外からのフルクトース分子の流入・結合を待ち受けている輸送直前の瞬間の構造と考えられた(図3a).一方,C末端欠失変異のウシGLUT5単体の結晶から得られた立体構造は内開き状態のコンフォメーションであり,GLUT5が細胞内にフルクトース分子を放出して輸送を終えた瞬間の構造と考えられた(図3b).GLUT5の全体構造は,N末端側の6本の膜貫通ヘリックス束(TM1~6)およびC末端側の6 本の膜貫通ヘリックス束(TM7 ~ 12)がV字型あるいは逆V字型のように配置して,基質分子の透過経路となるキャビティーを形成していた(図3c,d).その二組の膜貫通ヘリックス束を連結している細胞内ドメインには4 本のヘリックス(ICH1 ~ ICH4)があり,さらにC末端の細胞内ドメインにも1本のヘリックスがあった.ウシGLUT5の結晶構造解析に用いた変異体タンパク質は,このICH5ヘリックスに相当する領域を欠失させたものであるため,ICH5ヘリックスはGLUT5のコンフォメーション変化において重要な役割を担っていることが示唆された.4.2 基質結合部位基質や基質アナログのGLUT5への結合状態を可視化する目的で,臭化化合物などを用いて種々の条件で共結晶化やソーキングを試みたが,リガンドの電子密度は確認できなかった.親和性の弱い相互作用で占有率が保証されなかったことが原因と考えられる.そこでキャビティーの最深部に露出するアミノ酸残基を系統的に置換し,得られた変異体におけるフルクトースの結合を測定することによって基質結合部位を生化学的に同定した.この基質結合部位にあるGln166をGluに置換することにより,GLUT5の基質特異性はフルクトース高親和性からグルコース高親和性に変換された.これらの結果は,キャビティーの最深部周辺のアミノ酸残基が輸送基質の認識に重要であることを示唆している.4.3 基質輸送に伴う構造動態外開き状態と内開き状態のGLUT5立体構造を重ね合わせて比較すると,①二組の膜貫通ヘリックス束が基質結合部位の周りに15°の角度だけ回転して輸送経路のキャビティーを外開き状態から内開き状態に変換され細胞外細胞内10741NC ICH1ICH2ICH3ICH5ICH4ICH471014NC ICH1ICH2ICH3  N末端側膜貫通ヘリックス束   C末端側膜貫通ヘリックス束c d外開き状態 内開き状態細胞外細胞内CN C Nキャビティーa b図3 GLUT5の全体構造.(Overall structure of GLUT5.)(a)外開き状態と(b)内開き状態のGLUT5の基質輸送経路のキャビティー(表面電荷図を細胞膜に垂直な面で切断した断面).(c)外開き状態と(d)内開き状態のGLUT5の全体構造(リボン図).黒色破線はV字型のキャビティーを示す.文献6),30)より改変して転載.