ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No3

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概要

日本結晶学会誌Vol58No3

日本結晶学会誌 第58巻 第3号(2016) 131フェムト秒X線レーザーを用いて決定した光化学系II 複合体の無損傷構造価数の分布24)やEPRと理論計算を用いて得られたS2 状態のMn1の価数が+3 であるという報告25)とも一致している.4.水分解の反応機構上述のようにO5原子が特殊な位置にあり,その化学種がOH-である可能性が高いことが示唆されたので,O5が酸素分子の形成に必要な基質の1つを提供していることが考えられる.これらの知見から水分解反応の機構を提唱した(図5).まず,S1状態においてはMn1およびMn4が同じ+3 の価数をもち,さらに,Jahn-Teller効果によりMn1-O5とMn4-O5は長い結合距離をもつ.PSIIの反応中心が1 つの光子を吸収し,Mn4CaO5 クラスターから電子を1 つ引き抜き,S2 状態になるとMn1あるいはMn4のいずれかが+4 の価数をもつ.そしてO5は一方のMnの正の電荷が高くなったこと,および,Jahn-Teller軸の消失により,+4 の価数をもつMnの側に引き寄せられる.このとき,Mn4の価数が+4になればO5はMn4の側に引き寄せられMn3CaO4のキュバンの部分は開いた構造をとり,その結果,Mn1の側にスペースができてS2 は右型構造となる.逆に,Mn1の価数が+4になればO5はMn1の側に引き寄せられMn3CaO4のキュバンの部分の閉じた左型構造のS2 状態になる.26)続くS3 状態およびS4状態では,この開いたスペースに新しい水分子が入りO5とO=O結合を形成する.生成された酸素分子は排出され酸素発生中心はS0状態に戻り,新たな水分子がO5の位置へと取り込まれる.続くS0状態からS1状態への遷移に伴い,O5の水分子からプロトンが抜き取られることによりO5はOH-になり,S1状態へ戻る.これらの一連の反応機構は理論計算の結果,27)および,最近の電子スピン共鳴による実験の結果28)とも大方で一致している.5.おわりにこの研究により,水分解反応を触媒する酸素発生中心の天然状態における構造が明らかになり,その構造に基づき,S1状態ではO5がOH-であることだけでなく,O5を基質分子の1つとする水分解反応の機構を提唱した.これらの知見は,水分解反応の基本原理を提供し,人工光合成に必要な水分解触媒のデザインのためのモデルテンプレートとなることが期待される.しかしながら,今回,決定されたのは水分解反応の開始状態の構造であり,基質分子となるもう1 つの水分子がどこから供給されるのか,O5を中心とする反応機構が本当に機能しているのか,H+の放出場所はどこかなど,解明すべき点は多く残っている.反応機構の全貌を解明するためには,光化学系II複合体の反応中間状態での高分解能の構造情報が必須である.XFELの真髄は放射線損傷のない原子構造をフェムト秒領域という時間分解能で捉えることが可能となるところにあり,反応中間体の構造解析においてもその威力を発揮すると考えられる.XFELを利用した結晶学的な研究はまさに産声をあげたばかりであり,今後の展開が注目される.謝 辞本研究は岡山大学の中島芳樹氏,清水哲哉博士,理化学研究所の平田邦生博士,上野 剛博士,村上博則博士,山下恵太郎博士との共同研究であり,この場を借りてお礼を申し上げる。本研究は科学研究費特別推進研究,若手(B),およびX線自由電子レーザー重点戦略研究課題の支援を受けて行われた。文 献1) B. Kok, B. Forbush and M. McGloin: Photochem. Photobiol. 11,457( 1970).2) P. Joliot: Photosynth. Res. 76, 65( 2003).3) Y. Umena, K. Kawakami, J. R. Shen and N. Kamiya: Nature 473, 55(2011).4) Science 334, 1630( 2011).5) 梅名泰史:日本結晶学会誌 54, 247( 2012).図5 酸素発生の機構. (Possible mechanisms for theoxygen-evolving reaction.)Nature 517, 99( 2015)および放射光 4, 177 (2015)から許可を得て改変したものを掲載.