ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No3

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概要

日本結晶学会誌Vol58No3

日本結晶学会誌 第58巻 第3号(2016) 127フェムト秒X線レーザーを用いて決定した光化学系II 複合体の無損傷構造ラスターであることが突き止められ,OEC周辺の水分子を含む詳細な構造環境の全貌が明らかになり,水分解反応への理解が大きく進展した(PSII の1.9 A分解能での結晶構造解析の詳細については本誌に掲載された梅名泰史会員の学会受賞論文5)を参照されたい).しかしながらシンクロトロンのX線を用いて解析されたOEC構造中のMn-Mn原子間距離は, これまで報告されていた広域X線吸収微細構造(Extended X-rayAbsorption Fine Structure,EXAFS)測定法を用いて決定されたMn-Mnの距離6),7)や結晶構造を基にした理論計算の結果8)-10)よりも0.1 ~ 0.2 A長いことが指摘され,シンクロトロンの強いX線を用いて決定した結晶構造は放射線による損傷の影響を受けている可能性を否定できなかった.とくに,Mn4CaO5クラスターの5つの酸素原子のうち,O5と呼ばれる酸素原子はその周りのMnとの結合距離がきわめて長く,このような長い結合距離が放射線損傷に由来するものなのか,それともこの酵素本来の特徴を示しているのかが不明で,水分解反応の機構を考えるうえで大きな問題となっていた.事実OECは価数の高いMnイオン(+3,+4)から構成されているためX線による還元を非常に受けやすいことがわかっており,EXAFSを用いた研究によれば,1.9 A分解能の結晶構造を決定したのに用いたシンクロトロンのX線ドーズによりOEC中の約25%のMnイオンがMn3+またはMn4+からMn2+に還元されることになる.11)このため,得られた構造が機能する触媒本来の構造と異なっていると考える研究者も少なくなかった.そもそも結晶構造決定には強力なX線の照射が必須であり,程度の差こそあれ根本的に放射線損傷を回避することはできない。一般にX線による損傷は,強いX線が結晶に入射する際,結晶中に含まれている水分子などを攻撃し,それによって生じた活性酸素種が金属イオンやアミノ酸を攻撃することで引き起こされると考えられている.12)このプロセスはピコ秒の時間スケールで起こると言われており,通常の放射光X線を用いたタンパク質結晶由来の回折データを収集するには,1枚の回折イメージ当たり最短でも0.1 ~ 1秒必要なので,放射線損傷を避けることはできない.しかし近年,X線自由電子レーザー(XFEL)の出現により放射線損傷を解消することが可能となった.13)XFELでは従来のシンクロトロンの10億倍もの明るいX線を1パルスとして試料に照射するので,照射位置の試料は破壊されてしまうが,1パルスの持続時間が数十フェムト秒であるため,ピコ秒単位で起こる放射線損傷による構造変化が起こる前にX線回折データを収集することが可能となり,損傷を受けていない天然状態の構造を決定することができる.この方法はその特徴から“壊れる前に回折を記録する”(Diffraction before destruction)と呼ばれている.日本においても理化学研究所が建設したXFEL施設であるSACLAが2012 年3月に共用開始し,一般ユーザーが利用できるようになった.2.XFEL を活用したPSII の無損傷結晶構造解析一般に,酵素による触媒反応は触媒中心の官能基と基質の構造や相互作用がごくわずかずつ変化することにより進行する.このごくわずかな構造や相互作用の変化と放射線損傷による構造の変化とを区別することは困難なため,触媒反応を完全に理解するには放射線損傷による構造変化が起こらない方法での構造解析が不可欠である.また,わずかな構造や相互作用の変化を正確に検知するためには高分解能の構造解析が必要である.放射線損傷の影響をまったく受けていないPSIIの高分解能の結晶構造を得ることを目的として,数百個にも及ぶPSIIの大型かつ同型な結晶を調製し,SACLAを用いてクライオループ内に固定された凍結結晶による,フェムト秒回転結晶構造解析(Serial Femtosecond Rotational Crystallography,SF-ROX)を行った.14)XFELの特性を活かした無損傷構造解析の例としてはナノメーターからマイクロメーターサイズの微結晶を用いるシリアルフェムト秒結晶構造解析法(Serial Femtosecond Crystallography,SFX)がよく知られているが,使用する結晶のサイズが小さいため,結晶格子のサイズが8 MA3にも及ぶPSIIのような巨大な膜タンパク質では,SFXを適用した場合の回折分解能に限界がある.15)-17)また,特に膜タンパク質やその複合体について多くの場合,微結晶の析出条件が最適ではなく,大きい結晶に比べ回折分解能が低いという問題がある.今回われわれが採用した,大型の結晶(1.2 × 0.5 ×図2 XFEL実験.(XFEL diffraction experiment.)(a)大型結晶を用いたSF-ROXのXFEL実験の概要.(b)XFEL実験に使用したPSIIの結晶.Nature 517, 99(2015)から許可を得て改変したものを掲載.