ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No3

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概要

日本結晶学会誌Vol58No3

日本結晶学会誌 第58巻 第3号(2016) 123植物光化学系I -集光性アンテナ複合体I 超複合体の結晶構造ChlaとChlbの両方が使い分けられている可能性が考えられる.1BsパスはLhca1 のRed Chl に集められたエネルギーをPsaBの3 つのChl(Chl a1218,Chl a1219,Chl a1802)へと伝達するストロマの側の経路で,最短のChl間の距離は7.5 Aである(図6b ~ c,表2).このうち,Chl a1802はシアノバクテリアPSIには見られず,植物PSIコアにおいて新規に獲得されたChlである.周辺のPsaBの膜貫通ヘリックスd とeを繋ぐループ領域(Ala307?Gly318)でも大きく構造が変化しており,シアノバクテリアと比べてPsaB側に約60 度,10 A近くPsaB側にフリップしている.さらにシアノバクテリアSynechocystis PSIコア単量体の結晶構造解析からa1802の結合サイト近くではChla40 が見つかっており,Chl a40を含むChlの三量体(Chla1218,Chl a1219,Chl a40)がRed Chl として機能する可能性も提案されている.14)以上をふまえると1Bsパスは特に効率の良い経路であると考えられる.1Fl パスはLhca1 のChl a616からPsaFのChl a1701へと繋がるルーメン側の経路であり,最短のChl間の距離は8.2 Aである(図6d,表2).PSI コア側のChl a1701はシアノバクテリアと比べると結合位置が9 A変化しており,これはEETを効率化するための変化かもしれない.ところで,Lhca4 とPSIコアとは距離が離れており,Lhca4 に集められたエネルギーをPSI コアに直接に伝達するのはむずかしいようであるが,Lhca1 のChl a616周辺にはいくつかのLhca4の集光色素が存在し,この1Flパスを利用すればこのギャップを克服できそうである.したがって,Lhca4で捉えられた光エネルギーの幾らかはルーメン側では1Flパスを,ストロマ側では1Bsパスを利用してPSI コアへ導かれている可能性が考えられる.2JlパスはLhca2 とPsaJとを結ぶ経路である(図6e,表2).Lhca2のChl b607とPsaJのa1302ではChl間の距離は12.8 A離れているため,結晶構造からはこの2Jsパスがそれほど機能していない可能性が考えられるが,これはピコ秒の蛍光スペクトル解析による,Lhca2からのエネルギー伝達が活発であるという報告と矛盾している.15)ただしLhca2 とPSIコアの間には,今回の構造解析では電子密度が不明瞭でモデルとしては組み込まなかったが,Chlとして解釈し得る電子密度は存在しており,分解能が改善されれば明らかとなるかもしれない.あるいはLhca2はある条件下において大きく動的に構造変化し,エネルギー伝達を可能とするのかもしれない.Lhca3から PsaAのChl間の距離は,ルーメン側では5.8 A,ストロマ側では10.2 Aとなっており,それぞれ3Alパス・3Asパスを形成している(図6f~g,表2).3AlパスはRed Chl からだけでなく,その他のChl からもエネルギーをPsaA側に伝達することのできるEET経路であり,Lhca2で吸収された励起エネルギーもこの経路を通る可能性が考えられる.一方で3AsパスはエネルギーのほとんどがRed Chlを経由すると考えられ,特に効率良く機能していると考えられる.以上のようにわれわれは構造に基づきEET経路を提唱したが,これまでの低分解能の結晶構造3)-5)と今回の結晶構造の決定的な違いはLHCIとPSI コアとの間である,“ギャップ部分”に存在するギャップChl の数がはるかに少ないことである.同じくNelsonらのグループから発表された2.8 A分解能の結晶構造7)でもギャップChlの数は同様に少ないため,われわれの構造でギャップChlの数が少なかったことは決して精製方法や結晶化方法の違いではなく,その信憑性は高い.その一方で,これまでのキネティクスの解析や理論計算はギャップChlを余分に多く含んでいる結晶構造に基づいているため,これらの実験結果は再度検証する必要があるかもしれない.5.LHCIにおけるカロテノイドの配置とその機能LHCIには13 個のカロテノイドが結合しており,Lhca1~ Lhca4 サブユニットはそれぞれが3 ~ 4 個のカロテノイドを結合していた(図7).高分解能の結晶構造が既知であるLHCIIでは4 つのカロテノイドの結合部位が見つかっており,10),11)膜貫通ヘリックスAおよび膜貫通ヘリックスBが形成する溝にルテインを結合するL1部位およびL2部位,膜貫通ヘリックスCの近傍にネオキサンチンを結合するN1部位,隣接するLHCIIとの境界にビオラキサンチンを結合するV1部位が存在する.LHCIにおいては,いずれのLhcaサブユニットにおいてもL1部位にルテイン,L2部位にビオラキサンチン,N1部位にBCRが結合していたが,V1部位にはカロテノイドは何も見つからず,Lhca1 のみ新規のL4部位にルテインが結合していた.後に発表された植物PSI-LHCI超複合体の結晶構造ではLHCI中に9個のルテインと1個のBCRが帰属されており,7)われわれの帰属とは異なっている.Lhca1~Lhca4サブユニットに共通して見つかった3 つのカロテノイドの結合部位のうち,L1部位のみがLHCII10),11)およびCP2912),13)と共通してルテインを結合していた.LHCIIにおける研究により,L1部位に結合するルテインは非光化学的なクエンチングの機能を果たすことがわかっていることから,16)L1部位およびその周辺の構造を比較したところ,LHCIのL1部位に見つかったルテインと周囲のChlaのクラスターはLHCIIおよびCP29と向きおよび位置関係が非常によく似ていることがわかった.このことから,LHCIにおいてもL1部位に結合したルテインは近傍のChlaのクラスターと共役して過剰に蓄積したエネルギーを散逸させる役割を果たすことが示唆された.ビオラキサンチンは強光条件では,ビオラキサンチンデエポキシダーゼ(VDE)により脱エポキシ化されてゼ