ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No5

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概要

日本結晶学会誌Vol57No5

310 日本結晶学会誌 第57 巻 第5 号(2015)新刊紹介化学英語用例辞典田中一範,飯田隆,藤本康雄編発行所:日本大学文理学部発売元:冨山房インターナショナル発行年:2014 年定 価:6,800 円+税ISBN978-4-905194-70-5バベルの塔建設の試みが事の発端であるかは定かでないが,この地球上には数多の言語が満ち溢れている.各言語圏内ですべての物事が完結するのであれば不便はないが,ほかの言語圏と情報を交換するためには,少なくとも一方は母語以外の情報伝達手段を使用する必要がある.自然科学のほぼすべての分野で,現在は英語がその位置を占めていることは疑う余地のない事実である.その結果,本書の序文冒頭にある「大部分の日本人化学者にとって英語で論文を書くのは大層難儀なことである.」という状況が生まれている.本書は英語による化学論文執筆の助けとするために編まれた英文用例集である.固体触媒・反応機構の専門家である筆頭編者が自身の論文執筆のために1962年から収集してきた手書きの用例カードをもとに,有機化学および薬化学を専門とする二名の編者が加わって完成させたとのことである.すでに類書として「化学英語の活用辞典」(化学同人,第1 版1970 年,第2 版1999年)が版を重ねているが,編者らは本書がこれを補完するものになることを目指している.本書は英単語引きとなっており,正味879 ページの本文中におよそ3,500の見出し語が収録されている.各項目ごとに,見出し語に引き続いて,邦訳および用例文が示されている.教科書や学術誌などから採録した用例文の数は約2 万に及ぶ.また,巻末には正味55 ページの和英索引があり,和英辞典のように日本語からも用例文にたどり着けるように配慮されている.この構成は,第1部「和英の部」に用例が収められ,第2 部「英和の部」が第1 部への索引の形式となっている「化学英語の活用辞典」とは逆になっている.頭の中にある和文をどのように英文に置き換えるかを考える際には和英の形式が便利であろうが,使いたい英単語がすでに頭の中にある場合にはその語の用例が一ヶ所にまとめられている本書の形式が便利であろう.辞書の類は,誰が作っても同じものになると思われがちであるが,新明解国語辞典の例をもち出すまでもなく,どこかしらに編者の個性が現れるものである.本書は触媒化学を専門とする筆頭編者が集めた用例を中心に編まれているだけあって,adsorb,collision,rate,reactionなどの語に対して豊富な用例が示されている.vacuumの項におけるin vacuoに関する考察などは読み物としても面白い.また,動詞や形容詞,さらには接続詞など,専門用語でない頻用語句の用例を充実させることにより,論文執筆の助けとなるように配慮されている.aの項をざっと眺めただけでも,add,advance,admit,appear,apply,approach,arise,assess,assign,assumeなどの動詞に対してそれぞれ1 ページ前後の紙面が割かれている.また,if の項目は2 ページ以上に及ぶ.一方,当然予想されることではあるが,結晶学関連の用例は極端に少ない.latticeが見出し語として採用されておらず,cellの項にunit cellという用例は出てこない.すでに結晶学関連の用例に豊富に接していたり,論文執筆に豊富な経験をもつ研究者が,結晶学以外の部分を執筆する際には,興味深く参照することができるであろう.一方,そうでない研究者が,結晶学的事項を記述するときに本書を参照しても,本書はその真価を発揮できないだろう.筆者の研究室の学生諸君は,本書に編者たちの想定外の用途を見出した.彼らが講義や学生実験で編者の一人から直接指導を受け,親しみを感じていたこともあり,本書を手にした筆者は,研究室で学生がすぐに手にすることができる場所に本書を置くこととした.すると彼らは本書を化学英和辞典として利用し始めたのである.彼らの言うところによると,本書ではそれぞれの英単語について,論文や教科書の中で使われている意味が最初に出てくるので非常に便利だとのことである.一般の英和辞典では一般的な訳語が先に掲載され,化学の論文や教科書で使用されている用い方は,良くて最後に出てくる程度,場合によっては出てこないことすらある.英文,特に専門分野の英文を読み慣れていない学生には,その中から適切な訳語を見つけ,原文の意味を正しく理解することは,思いのほか困難なことであるようだ.編者らが豊富に取り上げた専門用語でない頻用語句についての記述が,この目的での使用に際して非常に役に立っているようである.彼らが訳語を安直に得られることのみに満足せず,その先に示された用例まで読み進むようになれば,本書は編者らが想定した以上の波及効果をもつことになるだろう.(日本大学文理学部 尾関智二)