ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No5

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概要

日本結晶学会誌Vol57No5

298 日本結晶学会誌 第57 巻 第5 号(2015)海野昌喜,杉島正一,和田 啓,萩原義徳,日下勝弘,玉田太郎,福山恵一今までにPcyAの特徴として,以下のようなことが提唱されていた.第1 に,PcyAにBVが結合すると,即座にBVにH+が付加し,正に帯電したBV(BVH+)が混在するということである.2),3)また,そのBVH+の状態(構造)には,2つの可能性がある.1 つは,4つのピロール環のN原子すべてに水素が付いた“Nプロトン化型”であり,2)もう1 つは,ラクタム構造(-N-C=O)の一方あるいは両方がラクチム構造(-N=C-OH)になった“Oプロトン化型”である.3)第2 に,Glu76,His88,Asp105がPcyAの触媒反応に必須であることである.4),5)この3 つのアミノ酸残基のうちGlu76とAsp105は,先のX線結晶構造解析では二重のコンフォメーションを有していた.6)第3 に,BV近傍には水分子が存在し,それが反応に必要なH+をBVに与える役割(プロトンドナーとしての役割)を担っていると提唱されていた.3)ただし,野生型PcyAとBVの複合体のX線構造解析では,この水分子の存在は明確になっていなかった.6)第4 に,His88の近傍にあるHis74は重要なアミノ酸ではあるが,反応に必須ではないこと,3)などがある.複雑な構造的特徴と特異な反応を起こすPcyAの機構およびそれらの相関を解明するためにX線結晶学,分光学,生化学,計算科学を含むさまざまな手法により研究されてきた.しかし,その反応各段階での基質と酵素の水素化状態や水素の立体的配置は不明確であった.高分解能X線結晶構造解析はそれらを知る手法の1 つであるが,今回は,適さないことが予想された.X線はタンパク質結晶内で電子や荷電した副産物を発生するため,無秩序な還元反応や活性酸素種による予期せぬ反応を起こしてしまう可能性があるからである.7)また,PcyAの場合,活性部位のキーになるアミノ酸が二重コンフォメーションを有しており,occupancyが下がり,水素原子があったとしても電子密度は低いはずで,X線でそれらの水素原子を同定することはさらに難しくなると考えていた.中性子はそれらを解決する強力なツールと考えた.ところが,中性子は放射光X線に比べてはるかに強度が弱いため,X線構造解析で使われる結晶に比べ極端に大きな結晶を必要とする.また,中性子構造解析では,軽水素原子がバックグラウンドになる.そして,実験施設が限られている.8)筆頭著者の海野がJ-PARCに関連した研究センターに異動したことに伴い,PcyAの中性子結晶構造解析は動き始めた.9)2.“intact な”PcyA-BV 複合体の大きな結晶を作ることの難しさまずとりかかったことは,PcyA-BV複合体の大きな結晶の作製であるが,これには単純タンパク質単体の結晶化とは異なる困難があった.BVが光に反応する色素であるため,暗所(BVによる吸収が少ないわずかな緑色のLED光下)での作業を強いられた.結晶を大型化するために試みたことは,まず,N末端残基のトリミングである.X線結晶構造解析から,N末端側の10残基程度の揺らぎが大きい部位が見つかっていたため,3 残基,5 残基,7 残基,11残基切除したPcyA変異体の結晶化を試みたが,野生型に比べて有意に良質の結晶は得られなかった.また,相図を描いてマクロシーディングを行ったが,大きな結晶ができても,表面に小さな結晶が付いてしまう“副作用”があった.そこで,条件を細かく振った相図の中のベストの条件をスケールアップ(PcyA-BV:結晶化溶液= 20 μl:20 μl)することを試みた.数多くの結晶を仕込んでいくと,その中から一辺が2 mmを超えるような大きな結晶をいくつか得ることができた.中性子回折実験には,約2.5 mm×1.8 mm×0.6 mmの大きさの結晶を使った.3.iBIXを使った中性子回折実験中性子はX線に比べ強度が弱いうえ,試料由来の(軽)水による非干渉性散乱がバックグラウンドになる.ゆえに,非干渉散乱を低減するためと,重水素のほうが軽水素より散乱長の値が大きいという二重の理由から,水素を重水素に置換する操作が入る.今回の実験の場合,3週間前に重水と重水素試薬で作った結晶化溶液で,結晶が入っている母液とリザーバー溶液を置換していった.その操作を3 週間のうちに3 回繰り返すことで,置き換わる水素を重水素に置換することを試みた.その結晶を3.0 mm φ の太さのキャピラリーに詰めた.以上の操作はすべて暗所で行った.中性子回折強度データ収集は大型陽子加速器施設(J-PARC,東海村)の茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)10)を使って行った(図2).J-PARCの中性子はパ図2 茨城県生命物質構造解析装置(iBIX).(IBARAKIbiological crystal diffractometer, iBIX.)検出器は波長変換ファイバ型二次元シンチレータ.検出面積は300 mm×300 mmでそれが30台,球殻状態に並べられている.