ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No5

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概要

日本結晶学会誌Vol57No5

292 日本結晶学会誌 第57 巻 第5 号(2015)今田勝巳,小嶋誠司ニットがその名のとおり回転子周囲の適切な位置にしっかりと「固定」されなければならない(そうでなければ,固定子のほうが動いてしまう).固定の役割を担うのはBサブユニットである.BサブユニットはN端から約20残基の細胞質領域,膜貫通へリックス,約250残基からなるペリプラズム領域で構成され,ペリプラズム領域にはペプチドグリカン(PG)結合タンパク質であるOmpAファミリーと相同性がある.PG結合モチーフもこの領域中に保存されており,ここに変異が入るとモーターは回転できなくなることから,固定子ユニットはPG層に強固に結合することで「固定」すると考えられている.1.3 ダイナミックに入れ替わる固定子ユニットところが,蛍光タンパク質でラベルした固定子ユニットの動きをFLIP/FRAP法を用いて蛍光観察した実験から,モーターに組込まれて固定されているはずの固定子ユニットが,細胞膜中を漂う固定子ユニットと2秒に1ユニットの割合でダイナミックに入れ替わっていることが明らかになった.2)これはとても不思議なことである.回転力を発揮するには強固にPGに結合する必要があるが,単にPG層に対する親和性が高いだけでは,細胞膜中を漂ったり入れ替わったりするなど到底不可能である.したがって,モーターに組込まれたときにのみPG層に結合できるしくみが固定子にはあるはずである.また,大腸菌やサルモネラで固定子ユニットを大量発現しても過剰なイオン透過による生育阻害が起きないことから,モーターに組込まれずに細胞膜中にある固定子ユニットは,イオン透過能をもたないことがわかる.Bサブユニットの膜貫通領域の後には,10 残基ほどのプラグと呼ばれる領域があり,ここを欠失した固定子ユニットを大量発現させると過剰なイオン透過による生育阻害が起きる.このことから,プラグ領域が固定子のイオンチャネルの開閉を行い,モーターへ組込まれて固定されるとプラグが開いてイオンが流れると考えられる.3)このように固定子ユニットは,モーターへの会合と解離を繰り返しながら機能し,モーターへ組込み固定とカップルしてイオン透過が活性化すると考えられるが,そのしくみはどうなっているのだろうか?2.MotBCの構造固定子のモーターへの組込み固定と活性化の鍵を握るのはBサブユニットのペリプラズム領域である.そこで,変異体を用いた機能解析が最も進んでいるサルモネラの固定子Bサブユニット,MotBのX線結晶構造解析に取り組んだ.4)MotBの系統的な分子内欠失変異体の解析から,運動に必須なペリプラズム領域(Periplasmicregion Essential for MotilityよりPEM領域と命名.PG結合モチーフを含む.)はアミノ酸残基111-270 であることが知られていた(図2a).5)そこで,この領域を含むさまざまなペリプラズム領域フラグメントを結晶化したところ,3 種類のフラグメントから空間群の異なる3 種の結晶が得られ,それぞれの構造を解析した.このうち,最も分解能が高く(1.75 A)かつ広い領域の構造(99-276)が解析できたMotBC2フラグメントの構造を示す(図2b).MotBC2は,1つのα/βドメインとN端側に長短2本のαへリックスをもつ.α/βドメインどうしの相互作用で2量体を形成しているが,2量体界面の変異実験から2 量体形成が機能に必須であることが確認された.α/βドメインは,OmpA様構造をもつPG結合タンパク質であるPALやRmpMとよく似ている.PALはPG前駆体との複合体構造が報告されていたので,MotBC2の構造と重ね合わせてMotBのPG層との結合部位を推定したところ,膜貫通領域につながるα1 のN末端と逆側にあることがわかった(図2b).ところで,膜貫通へリックスの直後から50残基を欠失させたMotBΔL(図2a)を発現する変異体は泳ぐことができる.つまり,膜貫通へリックスにMotBC2の101 以降を直接つないだMotBは機能する固定子を形成する.ところが,2 量体のMotBC2を細胞膜上に置いてみると高さが50 Aしかなく,細胞膜から約100 Aの位置にあるPG層にはまったく届かない(図2c).したがって,PG層に結合するには,MotBC2が大きく構造変化する必要がある.α/βドメインはOmpAファミリーに保存された構造であることを考えると,MotBに特有のN末領域がPG層に向けて伸び上がるような構造変化を起こすのではないかと予想された(図2c).このようにMotBCの構造は,細胞膜中を漂うときのBサブユニットはコンパクトな構造を取り,回転子の周囲に来たときに図2 MotBCの構造.(Structure of MotBC.)a)MotBおよびMotBフラグメントの一次構造の模式図.b)MotBC2二量体の構造.PAL(黒)と重ね合わせて表示.PG前駆体はball&stickモデルで表示.二量体の各分子は濃いグレーと薄いグレーで表示.c)細胞膜中に存在する固定子のモデル.べん毛基部体を大きさを合わせて右側に表示.(1)MotBCはPG層まで届かない.(2)予想されるMotBの構造変化.