ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No5

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概要

日本結晶学会誌Vol57No5

日本結晶学会誌 第57巻 第5号(2015) 289角度分解偏光ラマン分光による結晶性試料の振動モード解析及び(647 cm-1,1.0,0.50π)であった.3つのA1 モードはすべて,およそπ/2の位相差を示している.従来のラマン散乱実験においては,ラマンテンソルの“複素性”にはあまり着目されてこなかったが,フォノンダイナミクスを理解するうえで,今後重要な物理量になると思われる.219 cm-1付近のB1モードとEモードはとても近いラマンシフトをもっており,この系におけるもう1 つの複雑なスペクトルである.図5f に示すように,219 cm-1近傍の積分強度は,B1 モードとEモードの和でよくフィッティングできることがわかる.ここで破線と点線はそれぞれ,フィッティングにより分離されたB1 およびEモードの積分強度である.通常このように接近したピークの解析にはモデルに依存するピークフィッティングが行われることが多いが,ピークの関数形がそもそも不明な場合も多く,なるべくモデルに依存しない形でピークを分離できた例として意義は大きい.さらにここでは,近接した2 つのピークこのピークを無理に2 つのピークでフィットするのではなく,1 つのローレンツピークでフィットするスペクトル解析アプローチについて述べる.複数の偏光方向でのスペクトルを単一ローレンツピークでフィットして得られた半値全幅(FWHM)を図6に示す.FWHMは明らかな角度依存性を示しており,0°で極大,70°付近で極小値をとっていることがわかる.今回の実験配置では0°においてEモードは観測されないので,半値全幅の極大値は,B1モードの幅と考えてよく,ピーク位置と幅は289.3 cm-1,12.0 cm-1である.一方,70°付近の極小値はEモードの幅に対応すると考えられる.図5f で明らかなように,B1モードの強度は90°に向かって0に漸近し,Eモードは45°で極大値をとるので,70°付近においてはEモードの成分が支配的である.こうして得られたEモードのピーク位置と幅は288.4 cm-1,8.3 cm-1 であり,垂直ニコルで観測されるEモードの値(288.2 cm-1,8.3 cm-1)とよく一致する(85°以上に見られる半値全幅の増加は,ピーク強度の減少に伴ってバックグラウンドノイズなどの影響が無視できなくなったことによる誤差に起因する). この例の場合,偏光配置を変えながら測定すればピークの幅などについては当然同じ情報が得られるが,マッピング測定時など,光学系の操作を行わずとも同じ情報が得られるのは大きな利点となりうる.5.おわりに本稿では,ラマン散乱強度の偏光方向依存性を,従来の方法よりも安定,容易かつ定量的に測する方法として半波長板を用いた手法を紹介した.チタン酸鉛については,3 つのA1 モードすべてにおいてラマンテンソル成分の位相差がπ/2 になっていることが明らかとなったほか,チタン酸鉛関連ヘテロ構造にみられるB1 +Eモードスプリッティングに関して,定量的な評価に成功した.この例に限らず,角度分解偏光ラマン分光は機能性単結晶材料における異方性を定量的に評価する手法として有用であると考えられる.図5 ラマンピークの積分強度の偏光方向依存性.(Plarization direction dependence of inregrated Ramanintensities.)実線は表1に示した理論式でフィットした結果.(f)における破線と点線はそれぞれ,フィッティングで得られたB1およびEモードの成分.編集部注:カラーの図はオンライン版を参照下さい.図6 平行ニコルで観測されたB1 +Eのスペクトルについて,単一ローレンツ関数でフィットして得られた半値全幅. (Full width at half maximum obtainedby fitting “B1 +E” spectra with a single Lorentzianfunction.)